IS学園・一夏先生   作:猫林13世

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簪も一応暗部の人間ですから


餌としての自覚

 一夏に淹れてもらったお茶を飲みながら、簪は先程あった女性の事を一夏に話す事にした。

 

「――といった内容だったんですけど、織斑先生はどう思いますか?」

 

「みつるぎか……悪いが名前すら聞いたことが無いな。正規のIS企業ではないのかもしれないな」

 

「お姉ちゃんと虚さんが話してるのを聞いただけですけど、ペーパーカンパニーだって噂されているらしいです」

 

「何処かの組織の資金作りの為の会社か……もしそうだとすると、この段階で簪に接触してきた理由は何となく想像がつくが」

 

「何ですか?」

 

 

 自分にそれほど価値があるとは思っていない簪は、一夏が思いついた理由がさっぱり分からなかった。

 

「現状でIS学園に侵入するような組織は、簪でも思い当たるんじゃないか?」

 

「前にお姉ちゃんが言ってた、亡国機業ですか?」

 

「いろいろとちょっかいを出してきていたが、いよいよ本格的に動き出したという事だろう。ところで、本音の姿が見えないが」

 

「本音なら、生徒会の出し物の準備の為に、体育館にいますよ」

 

「現状を考えると、護衛と別行動は避けるべきなんだがな……刀奈のやつもそれくらいは考え付きそうなんだが」

 

「もしかしたら、私を餌にして敵を釣り上げる作戦なのかもしれませんね」

 

「あのシスコンがお前を危ない目に遭わせるとは考えにくいが……確かに一番敵が掛かりやすい作戦でもあるからな」

 

「それに、私だってただただ捕まる事なんてしません。最終的に勝てないにしても、あがいて時間稼ぎくらいは出来ますから」

 

 

 全くない力こぶを作って見せる簪に、一夏は顔を綻ばせて髪を優しく撫でる。

 

「一応その巻上礼子という女性の特徴を教えてくれるか?」

 

「はい――」

 

 

 簪から聞いた特徴と、来場客の顔を照らし合わせて、一夏は顔を顰める。

 

「どうかしたんですか?」

 

「……更識、今すぐ体育館に行き、姉たちと行動を共にしろ」

 

「織斑先生?」

 

 

 先ほどまでの穏やかな雰囲気が一変し、険しい表情で告げる一夏に、簪は戸惑いを隠せない。そんな簪の表情を見て、一夏は簪に現状の説明をする事にした。

 

「お前がさっきまで話していた巻上礼子は、IS学園に忍び込んでいる亡国機業のスパイ、ダリル・ケイシーが招いた女だ。さすがに名前までは分からなかったが、来場者の顔をお前が教えてくれた特徴から考えて、その女は亡国機業の人間、あるいはその協力者の可能性が高い。このまま大人しく帰るとも思えないし、かといって何も問題を起こしていない状況である今、その女を捕らえる事は出来ない」

 

「だから、最も安全だと言えるお姉ちゃんたちの側にいけ、というわけですね」

 

 

 一夏の説明の途中から理解していたので、簪は一夏のセリフを引き継いで結論を出した。簪の理解の早さに笑みを浮かべた一夏だったが、すぐに険しい表情に戻った。

 

「こちらとしても最大限の警戒はしておくが、くれぐれも危険な真似はしないように。更識姉や布仏姉にも、今の事は伝えておいてくれ」

 

「分かりました……? 本音には言わなくていいんですか?」

 

 

 自分の護衛である本音の名前が上がらなかった事に、簪は少し疑問を懐き首を傾げた。確かに本音は頼りないところがあるが、ここ最近の警戒心の高さから役には立つのだろうと簪は思い始めているのだ。

 

「下手に警戒させるより、布仏妹は自然体の方が役に立つだろうからな。相手もあののほほんとした布仏妹が一番油断ならない相手だとは思うまい」

 

「確かにそうですね。下手に警戒させると、本音はあからさまですから」

 

 

 あくまで自然体で警戒してこその本音だと、簪も一夏が考えている事が理解出来て納得の表情を浮かべる。

 

「分かりました。お姉ちゃんと虚さんには、本音には聞こえないところで伝えておきます」

 

「小鳥遊やそれ以外の連中には、こちらから伝えておく。更識は変に気負わないようにするんだな」

 

「分かりました」

 

 

 餌である自分が警戒心を露わにしたら、掛かる敵も掛からなくなってしまうのだと、簪は平常心を装うべく一度深呼吸をする。それだけで完全な落ち着きは取り戻せないが、最終的には一夏が護ってくれるだろうという安心感が簪の中に芽生え、とりあえず平常心を取り戻す事は出来た。

 

「それじゃあ、私は体育館に向かいます。織斑先生、ありがとうございました」

 

「具合が悪そうな生徒に手を貸すのも仕事だからな。くれぐれも無茶はしないように」

 

「分かってます。これでも暗部の人間ですから、危険な匂いとかには敏感なんですから」

 

 

 笑みを浮かべて一礼してから、簪は生徒会室を出ていった。それを見送った一夏は、簪の気配が体育館に到着するまで神経を集中し、無事に到着したのを確認してから生徒会室を後にした。

 

「さて、どう動いてくるか」

 

 

 誰もいない廊下でそう呟いて、一夏は音も無く姿を消したのだった。




一夏が一番暗部の人間っぽいのはなんでだ……

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