妹に頭を下げる兄の図というのは、どうしても目立ってしまう。しかもそれが教室の中央付近で行われていれば尚更だ。
「何してるんだ、弾?」
「千冬か。いや、ちょっとお願いを……」
「妹に奢ってもらうのはどうかと思うぞ?」
「そんなんじゃねぇよ!」
千冬のからかいとも本気ともとれる発言に、弾は思わず立ち上がって抗議した。
「じゃあ何だって言うんだ? 勉強でも教えてもらおうとしてるのか?」
「幾ら落ちぶれてるとはいえ、妹に泣きつくのはどうかと思うぞ?」
「箒、お前まで……」
「というか、さっきから悪目立ちしてるんだから、少しは大人しく出来ないのかお前は」
「それ程目立ってるつもりは無いんだが」
自覚がないのか、弾は千冬の注意に首を傾げる。ただでさえ男子が珍しい場所で、妹相手にペコペコしてれば目立つに決まっているのだが、弾にはその事に気付けるだけの余裕が無かったのだ。
「というか、お前らは調理担当じゃなかったのか? 表に出てきても良いのか?」
「お前という変態を相手にしたくないってクレームが酷くてな。見ただけで変態だって思われるヤツが知り合いだって思われている私たちの事も少しは考えろ」
「見ただけでって、俺の何処が変態だっていうんだよ!」
「いや……なぁ?」
「この学園の女子たちは一夏兄が基準になりつつあるから、お前のような男は変態だと見えるんだろ。さっきからチャックも開いてるしな」
「あ……」
慌ててチャックを上げて静かに座った弾を見て、蘭が恥ずかしそうに首を左右に振ってため息を吐いた。
「こんな人が私のお兄なんてね……千冬さんが羨ましいですよ」
「一夏兄とこんな男を比べるんじゃない。というか、一夏兄のような人が他にもいるとは思って無いから、比べるなんて一夏兄に失礼だと思ってる」
「そうですよね。ましてお兄と比べたら一夏さんに失礼でしたね」
「お前ら……」
千冬と蘭のコンビネーションで轟沈した弾は、そのまま机に突っ伏して耳を塞いだ。
「相変わらずメンタルも弱いな」
「まぁお兄ですから。ところで千冬さん。さっきからあそこの女性が泣きそうな顔で二人を見てるんですけど」
「なに? あぁ、山田先生か……」
注文が溜まっているのかと理解し、千冬と箒は急ぎ裏に戻っていった。突っ伏して耳を塞いでいた弾の肩を叩き顔を上げさせた蘭は、涙目になっている弾を見て少しやりすぎたと反省した。
「だいたいお兄が一夏さんに勝てる部分ってあるの?」
「まだ続けるのかよ……」
「いや、ショックを受けるくらいだから、何処か一つくらい勝ってるって思ってるのかなと思って」
「別にあの人に勝ててるなんて思ってねぇけど、人に言われるとダメージがデカいんだよ……」
「ふーん……」
興味なさげに視線を逸らした蘭は、廊下で簪の姿を見つけたが、声をかけに行く間柄でもなかったのでただ視線で追うだけにした。
「誰かいたのか?」
「さっきも会ったでしょ。更識簪さん」
「代表候補生の……護衛の人が見当たらないけど、何処に行ったんだ?」
「ずっとべったりって訳じゃないんじゃないの? たまには一人で行動したくなる時だってあるだろうし」
「そんなものか」
二人はそれ程簪とも本音とも親しくなかったので気にしなかったが、二人とある程度の交流がある人間が見たら、その光景はおかしいものだと気づけただろう。
「ほら、お待たせ」
「これが千冬と箒の趣向を凝らした料理か……なんだか見た目は美味しそうじゃねぇけど」
「見た目と味は比例しないという事を思い知るがいい」
「じゃあ一口……普通に美味いな」
「料理出来ないお前に評価されるのは癪だが、満足してもらえたようで何よりだ」
「というか、お前の家は食堂を営んでるのに、何でお前は料理が出来ないんだ?」
「俺は厨房に入れてもらえないからな。手伝ったとしても精々料理を運ぶだけ……蘭のように会計を任されたりもしないしな」
「お兄、計算遅いしね。おじいちゃんにレジのお金を盗るって思われてるんじゃない?」
「盗らねぇよ! というか、そこまで金に困ってねぇっての!」
「また騒がしいと、今度は店から出ていってもらう事になるぞ」
箒に注意され、弾と蘭は揃って口を噤み、二人に見えるように頭を下げた。
「そう言えばさっき、更識さんが廊下にいたんだが、布仏さんの姿が見えなかったんだが」
「トイレでも行ってるんじゃないか? しかし、あの二人が別行動とは珍しい事もあるものだな」
「授業中なら兎も角、それ以外は殆ど一緒に行動してる二人が別行動とは……何かあったのか?」
「何かあったとしても、一夏兄が解決するだろうし、私たちは溜まってる注文を片付ける事だけに集中するとするか」
そう言って再び奥に引っ込んだ二人を見て、弾と蘭はかなりこの場所が混んでいる事に気が付いたのだった。
普通は危ないと分かってて護衛が別行動するわけないんですがね