四組の展示を真剣に見終えた蘭は、隣で死にかけている弾に声をかける。
「お兄、終わった」
「あぁ……俺にはチンプンカンプンだったが、蘭には分かったのか?」
「だいたいはね。私だって、全部が分かったわけじゃないよ」
「そうか……」
口から魂でも抜け出ているのではないかと思うくらい、弾の表情は死んでいた。展示の内容が理解出来なかったのもあるが、男と言うだけで鋭い視線を何度も浴びせられたのが精神的に来ているのだろうと、蘭はちょっとだけ弾に同情したのだった。
「そう言えば千冬さんたちのクラスはメイド喫茶をやってるって言ってたから、ちょっと覗いてみる?」
「千冬や箒のメイド姿を見たところでな……ただのコスプレだとしか思わない」
「お昼もまだだし、そこで済ませればいいじゃん。ほら、行くよお兄」
「あぁ……」
完全にやる気が感じられない弾の背中を押しながら、蘭は四組を後にして一組へと足を運んだ。
「ん? 五反田君にその妹の五反田さん?」
「い、一夏さん! お邪魔しています!」
一組の様子を見に来ていた一夏に遭遇し、蘭は直立不動で頭を下げる。弾の方も一夏の姿を確認して、多少生気が戻ったような表情で頭を下げた。
「そう言えば五反田さんはIS学園志望だったね。何か身になるものはあったかな?」
「はい! 一年四組の展示が、凄く分かり易くて良かったです」
「確か、更識妹が展示物を作ったんだったな。あの子は現役の代表候補生だし、専用機を一人で造りあげるだけの知識もあるから、ああいう物を作らせるのは適任だっただろうな。実際に感動してる人がいるわけだし」
何処か妹を労うような雰囲気を醸し出す一夏に、弾は首を傾げたが、蘭はキラキラした眼差しを一夏に向けていた。
「一夏さんって、ちゃんと生徒の事を見てくれてるんですね」
「まぁ、それが仕事だからな」
「ウチの学校の先生なんて、全然生徒の事を見てないんじゃないかって思いますけどね」
「普通はそうで、一夏さんが立派なだけだろ? ウチの先生たちだって、ろくに見てないと思うが」
「あんまり教師の悪口は言わない方が良いぞ。聞いてないようで聞いてるからな」
「一夏さんがそう言うと、本当にそうなんじゃって思えてきますよ……内申も酷かったし」
「それはお兄が赤点を取ったからでしょ」
蘭のすかさずのツッコミに、一夏は少し笑みを浮かべたが、すぐに表情を改めて二人に声をかけた。
「それじゃあ、私はそろそろ行くが、二人は入っていくんだろ? 千冬や箒が趣向を凝らした料理を出してるらしいから、楽しんで行くと良い」
「あっ、はい。では」
一夏が忙しい事は弾や蘭にも分かっているので、二人は一礼して一夏を見送った。
「俺もあんな大人な男になりたいものだぜ」
「絶対に無理! 天地がひっくり返ってもあり得ない! お兄が一夏さんのような男性に成れるわけ無いでしょうが。お母さんに聞いても同じ事言うと思うよ」
「兄に対して酷すぎないか、お前……」
「お兄が一夏さんのような魅力的な男性に成れるなんて、この世の全ての女性が思わないから」
「ヒデェ言い草だ……」
肩を落としながら教室の中に入った弾は、出迎えてくれたメイドに目を奪われた。
「お帰りなさいませ、ご主人様、奥様」
「結構本格的なんですね……お兄?」
「えっと、この間会ったよね? 確か、五反田弾くんと蘭さん」
「確か、フランスの代表候補生のシャルロット・デュノアさんと、イギリスの代表候補生のセシリア・オルコットさん」
「お兄さんはどうしてしまったのですか? 何やら心ここにあらずと言った感じで」
「お二人の美しさに言葉を失っちゃったんじゃないですか? お二人の金髪がメイド服と相まって、とかいった感じで」
「そうかな? ちょっと嬉しいかも」
シャルロットに案内された席に弾を押し、蘭は弾が戻ってくるまで黙って弾の事を睨んでいた。
「はっ!」
「やっと戻ってきた。お兄、さっさと注文して」
「あ、あぁ……って、さっきの人たちは?」
「お兄も知ってるでしょ。フランス代表候補生のシャルロットさんとイギリス代表候補生のセシリアさん」
「確か千冬たちの友達の?」
「そう。この前会ってるのに何で心奪われるのよ。そんなにメイド服が好きだったの? あぁ、そういえばお兄のベッドの下にある本も――」
「何でお前がそれを知ってるんだよ!?」
妹に秘蔵本の事を知られて慌てた弾だったが、蘭はゴミを見るような目で弾を睨んだまま言葉を続けた。
「あんな所に隠してたってすぐにバレるに決まってるでしょ。ほんと男ってサイテー。しかもメイドとかナースとか」
「やめろ! いや、やめてください……」
一瞬強気で出たが、すぐに心が折れた弾が弱気で頼み込む。そんな弾を見て、蘭は盛大にため息を吐いたのだった。
あっ、生まれからか……