本音との訓練を終えた簪は、更衣室でシャワーを浴びてから部屋に戻ろうとしたが、シャワー室に本音以外の気配があることに気が付き辺りを見回した。
「かんちゃん、どうかしたの?」
「誰かいる」
「ここは共同スペースなんだから、他の人がいてもおかしくないんじゃない?」
「この時間までアリーナを使っていたのは私と本音しかいない。他の使用者は一時間以上前に全員寮に戻ってるはずだから、こんな所に人の気配があるわけがないのに」
「私は感じないけど、かんちゃんの気にし過ぎじゃないの?」
「違う……絶対に誰かいる」
簪が疑いの眼差しでシャワー室を睨み続けると、その気配は簪の真後ろに移動した。
「っ!?」
「もう少し気配察知を磨いた方が良いわよ、本音ちゃん」
「あっ、碧さんだ~。お仕事お疲れさまです~」
「護衛の本音ちゃんが、簪ちゃんより気配に鈍いんじゃ楯無様も心配して当然かしらね~。まっ、今回は本音ちゃんに対してだけ本気で気配を消してたから、簪ちゃんに気付かれても仕方ないんだけど」
「そんな事が出来るんですか?」
簪の質問に、碧は「んっ?」という表情を浮かべ、すぐに笑顔で頷いた。
「ちょっと頑張れば簪ちゃんや本音ちゃんにも出来ると思うわよ? 実際そこで楯無様がやってるわけだし」
「「えっ?」」
慌てて振り返ると、ビデオカメラを持った楯無が慌てて両手を背後に隠したが、既に簪に見られてしまったので、勘弁してカメラを差し出した。
「これで何を撮るつもりだったの?」
「簪ちゃんの訓練風景を撮ったから後で役立ててもらおうと思って……決して簪ちゃんのシャワーシーンを隠し撮りしようとか思って無いからね?」
「思ってたんだ」
「……少しだけ考えました、はい」
素直に白状したので、簪はため息を吐いただけで楯無を許した。もちろん、本当に盗撮していたらこの程度では済まなかっただろうが。
「ところで、お姉ちゃんは生徒会室で作業してたはずだよね? どうやって私の訓練風景を撮ってたの?」
「今日は早く終わったから、自分で撮ってたのよ。簪ちゃんは当然だけど、本音も結構成長してるじゃないの」
「これでもかんちゃんの練習相手を務めてますからね~。見えないところで努力してるんです」
「あら、本音ちゃんは野生の勘でしょ? 訓練してる風景なんて見たこと無いけど」
「碧さんが見たこと無いんじゃ、きっとしてないんだろうね」
「私と碧さん、どっちを信じるのさ~」
「「碧さん」」
「楯無様まで~……」
自分がどれ程信用されていないかを思い知らされた本音は、その場にガックリと膝をついた。ついでにウソ泣きもしてみたが、二人には通用しなかったのですぐに立ち上がって笑顔を浮かべた。
「まぁ確かにかんちゃんの動きだから分かる節がありますけど、頑張ってるのも嘘じゃないですからね~? かんちゃんとの訓練で成長してるんです、私も」
「確かに簪ちゃんが成長してるのに本音相手に苦戦してるのを見れば、本音も訓練で成長してるって分かるんだけどさ~。どう見ても頑張ってるようには見えないのよね」
「訓練中ずっとニコニコしてたらそりゃ見えないよ」
「だって、私が真面目な表情で訓練に取り組んでたら、かんちゃんなんて言う?」
「体調悪いの? って言うと思う」
「だからいつも通りの表情で訓練してあげてるんじゃないか~!」
「本音ちゃんの表情は置いておくにしても、気配察知に関してはもっと頑張った方が良いわね、三人とも」
「三人? 私もですか?」
「さっきから、貴女たちの背後で呆れ顔を浮かべてる先生がいるわよ」
「「「えっ?」」」
碧の指摘で振り返ると、そこには一夏が壁に腰を預けながら立っていた。
「織斑先生、ここ女子更衣室」
「IS学園に男子更衣室があるなら見てみたいが、とっくに完全下校時間を過ぎている。さっさと部屋に戻れ」
「ゴメンなさい……」
「小鳥遊も、気付いてるならさっさと教えてやればよかっただろ。遅れれば遅れるだけ罰が重くなるんだから」
「だって、どれくらいで気が付くのか興味が出ちゃったから」
「えっと……一夏先輩。見逃してくれたりはしませんよね?」
「すぐに声をかけなかった俺にも非があるから、今回は見逃してやるが、次は見逃さない。それどころか普段以上に厳しい罰を用意してやるからな」
一夏の言葉に怯え、簪と本音は部屋のシャワーで済ませる事にし、そそくさとアリーナを去り、楯無は引き攣った笑みを浮かべながら音も無く更衣室から消えた。
「さて、あんまり自由に動かれると困るんだがな」
「大丈夫よ。スパイさんには目星がついてるし、気付かれるようなヘマは踏まないわよ」
「そうだと良いんだがな」
「信用してよ。これでもそういう世界で生きてる人間なんだから」
碧の表情は満面の笑みだ。その表情をどう受け取れば良いのか困った一夏は、結局ため息を吐くだけでこの場を後にしたのだった。
何でズレたんだろう……