上手く簪の前から逃げ出した楯無は、生徒会室で一息ついていた。
「ちょっとあからさま過ぎなかったかしら?」
「普段のお嬢様はあのくらいですので、疑問を懐かれたとしても些末事として処理されるでしょう」
「それって喜んでいいの?」
「反省していただければ幸いですが」
楯無も虚も、簪にわざと疑問を懐かせたのだが、虚が考えているように簪はさほど深くは考える事はしなかった。それは普段の楯無の行動があっての事なのだが、楯無は素直に喜べずにいたのだった。
「それじゃあ、こっちも準備を進めましょうか」
「私たちは当日まですることが無いじゃないですか。劇の主演は織斑先生と山田先生で、私たちはナレーションだったりなんですからね」
「本当は私が出たかったんだけど、あの件が本当なら簪ちゃんが危ないものね。ちょっと嘘を吐いちゃったけど、簪ちゃんを守る為だし」
「簪お嬢様の身は、本音がしっかりとお守りしておりますので、お嬢様は侵入者撃退に専念してください」
「分かってるんだけど、本音だと若干の不安が残るのよね……あの子がやれば出来る子だって事は分かってるんだけどさ……」
「お嬢様も理解してくださってるように、あの子はやれば出来る子ですから。いざという時は立派に簪お嬢様をお守りするでしょう」
「うん……」
そこで楯無は一瞬不安そうな目をしてから、すぐに表情を改めて机の上に置いてある報告書に目を通した。
「碧さんが持ってきてくれた情報だと、亡国機業の狙いは簪ちゃんの専用機。篠ノ之束と織斑一夏が手を貸して造った事がバレてるみたいね」
「篠ノ之博士は遊び半分だったのではなかったのですか? 簪お嬢様に怪我を負わせようとしただけと聞いていますが」
「その情報を亡国機業が正確に把握してなかったとしたら? 大天災と一夏先輩が手を貸したISを盗もうとしても不思議じゃないと思わない?」
「それでしたら、篠ノ之博士が完全に一人で造り上げた『白檀』や『八重桜』の方が良いのではありませんか?」
「あれはかなりピーキーらしいからね、千冬ちゃんや箒ちゃんにしか扱えないらしいし」
束お手製の専用機よりも、簪が造り上げた専用機の方が犯罪組織には魅力的なのだろうと、楯無はもう一度ため息を吐いてから報告書を虚に手渡す。
「私に対する嫌がらせなのか、決行日は文化祭当日が濃厚。学園にいると思われる仲間から招待状を貰って一人で実行するらしいわよ」
「でしたら、実行に移される前にその仲間――ダリル・ケイシーを取り押さえておけばいいのでは?」
「残念ながら証拠がないのよね……向こうもかなり警戒してるのか、なかなか尻尾を出してくれないのよ」
「碧さんでも尻尾を掴むのが難しいとなると、いよいよ当日まで私たちに出来る事はありませんね」
「だからこうしてのんびりしてるんじゃないの。一夏先輩には事情を話してあるから心配ないし、真耶さんは見た目通り流されやすい人だから、私と一夏先輩で丸め込んだから。それに、劇とはいえ一夏先輩とキスシーンが出来るって言ったら、結構素直に引き受けてくれたし」
「この学園にいる殆どの人間が、その条件を出されたら引き受けるでしょうね……」
「本当にキスするわけでもないのにね。というか、一夏先輩にキスされる妄想なんてすれば、大抵の子はキャパオーバーで倒れそうだけど」
自分の限界を超えた妄想は身を亡ぼすと知っている楯無は、この学園にその事に耐えられる人間がどれだけいるか考えてみた。
「まぁ千冬ちゃんと箒ちゃんは大丈夫そうよね。キスくらいの妄想、子供の頃からしてそうだし」
「篠ノ之さんは兎も角として、織斑さんはどうでしょうか。子供の頃からアブノーマル思考だったのか分かりませんし」
「あの子は本物の変態だからね。一夏先輩と子作り、くらいまでは普通に考えてるわよ」
「実兄でそこまで考えるものなのでしょうか……」
「まぁ一夏先輩だからね。あの人がお兄ちゃんだったら、いけない妄想くらいしちゃっても仕方ないと思えるわよ」
楯無の言葉に虚は首を傾げたが、確かに一夏くらいならそういう感情を懐いてしまっても仕方ないのかもとは思えたので、とりあえずは納得する事にした。
「後は真耶さん辺りも日常茶飯事でしてそうよね」
「そうでしょうか?」
「だって、私がキスシーンもあるって言っても、気を失うどころか興奮してたじゃない? あれは普段から妄想してて耐性があったからよ」
「あのような容姿ですが、山田先生は私たちより大人ですから、それで耐えられたのではないでしょうか?」
「真耶さんは見た目通りの中身だから、キスなんてしたこと無いわよ、絶対。だから妄想で鍛えてた以外考えられないわ」
楯無の決めつけに、虚は呆れかえったが、確かに真耶はずっと女子校だったと思いだし、キスの経験があるとは思えなくなってしまい、最終的に楯無の意見を受け入れるしかなくなってしまったのだった。
そんなことしたら暴動が起る……