箒の闘いを見ながら、千冬も一夏と同じ事を懸念していた。生まれた時からの付き合いだから分かる、彼女の癖。相手を見くびっている時、箒は小刻みにステップしながら距離を詰めていくのだ。今も、空中とはいえステップを刻みながら距離を詰めている。
「あの癖が出ているという事は、箒は完全に浮かれているな。一夏兄と比べて大したこと無い、とでも思っているのだろうか……これだからアイツは大事な試合を落とすんだと、師範にも散々言われてきたというのに……」
師範というのは当然、箒の父である篠ノ之流道場の師範、篠ノ之柳韻の事である。父でありながらも決して甘やかす事は無く、また、厳しすぎるという事もなく実に尊敬出来る師範だと千冬も思っている。だがその柳韻が何度注意しても、箒の癖は治らなかったのだ。
「見た限りだと、オルコットに箒を倒しつくすだけの火力は無いが、あれだけで代表候補生になれるとは思えないんだよな……隠し玉があると見てしかるべきか? だが、それが何か分からないからには対処しようがないし……」
この後で自分も戦うのだから、少しでも相手の動きを観察するのは当然だが、千冬の観察眼は一夏ゆずりで鋭いのだ。セシリアが何か狙っているという事は千冬にも理解出来た。
「箒には一夏兄から教わったあの技があるとはいえ、隠し玉次第ではその技を出す間もなく負けるだろうな……というか一夏兄は、どうやって単一仕様能力を強制的に目覚めさせたんだ? しかも、自分のものと同じものを」
束が面白がって同じものが発生するように仕組んだのか、それとも一夏がシステムをいじくってそうしたのかは千冬には分からない。だが、少なくとも強制的に単一仕様能力を目覚めさせることが出来る人間がいるとは思っていない。もしそんなことが出来るのであれば、単一仕様能力が目覚めないISなど存在しないことになるからだ。
「一夏兄の事は私でも分からないことが多いからな……」
セシリアとの間合いが完全に近距離戦闘の間合いになったところで、セシリアが隠し玉を展開したのをみて、千冬は少し遅いのではないかと感じていた。
「あの間合いなら、箒は無類の強さを発揮するんだが……あの隠し玉はそれを覆すだけの威力があるのか? 見たところまっすぐにしか攻撃できないようだし」
偏向射撃は高度な技術を必要とする、その知識がない千冬は、正面にしか攻撃できないセシリアを見てそんなことを思っていた。通常ピッド兵器を同時に六個も操作するのは難しいはずなのだが、彼女の中の基準は一夏であり束なので、そんなことは知らない。束は研究所の中でしかISを動かさないが、彼女は同時に十個のピッドを操作し、楽々偏向射撃も行っていたので、千冬はそれが凄いことだという事を認識していないのである。
「箒のヤツ、少し慌てているようだが、冷静にレーザー攻撃を斬り捨てているな」
普通なら光線を斬り捨てるなどありえないのだが、千冬も箒も『普通の』常識の範囲内にいないのである。これくらいは出来て当然であり、出来ない方がおかしいという思考の持ち主なのだ。
「観客がざわめていているが、何かあったのか?」
だからクラスメイト達の反応を見ても、こうしておかしな反応を見せてしまうのである。もしここに本音でもいれば自分たちの異常加減が分かったかもしれないが、生憎この場には誰もいないので、彼女の勘違いを正してくれる者は誰もいなかった。
「そう言えば、オルコットの表情も驚愕に染まっているような……箒のヤツが何かしたのか?」
光線を斬り捨てたことがそれほど大きな衝撃を与えた、という考えは彼女には存在しない。先ほども言ったが、彼女の中ではそれが当然であり、驚くべき事ではないのだから当然だ。
「こうなったらもう箒の勝ちだな……代表候補生というのも、それほど大したこと無いのか」
もう少し早くあの隠し玉を展開していれば勝負は分からなかっただろうが、既に箒の間合いになってから展開しても意味はない。それが分かるほど箒と手合わせをしてきた千冬だからこそ、箒の勝ちを信じて疑わなかった。セシリアは未だに悪足掻きをしているようだが、それも長くは続かないだろう。
「だが、私は近距離武器があまりないからな……敵のレーザーに自分の銃弾を合わせるのは、五回に一回くらいしか成功しないし……」
それでもかなりの確率なのだが、千冬の中では低すぎるのだ。彼女は既に自分の試合の事に意識を切り替えており、箒の試合を見てはいなかった。
『勝者、セシリア・オルコット』
「はっ?」
だから、何故セシリアが勝ったのかが分からなかった。箒は間違いなく勝つだろうと思っていただけに、千冬に走った衝撃はかなりのものだっただろう。
何故セシリアがかったのかは次回で