一夏の部屋を訪れていた碧は、楯無と千冬たちの話し合いの事を一夏に教えていた。
「随分と愛されてるわね、織斑君は」
「半笑いで言われてもな。だいたい刀奈たちの会話は兎も角として、千冬たちのは何処で聞いていたんだ」
「それは教えられないわね。私のアイデンティティに関わる問題だから」
「どんなアイデンティティだ……」
呆れながらお茶を啜る一夏だったが、この部屋に誰か近づいてきている事に気付いた。碧もほぼ同時に気配に気づいたが、敵意もなければ自分に興味もなさそうだったので慌てる事無く、一夏が淹れてくれたお茶を啜った。
「一夏、今いいかし――あら、何方?」
「更識家で諜報などを担当しております、小鳥遊碧と申します。以後、お見知りおきを」
「これはご丁寧に……って、更識? 私を庇護下に置いてる家の人だったのね」
「ナターシャ・ファイルスさんですよね。ご当主様から報告は受けております」
「それで、何の用だ」
ナターシャと碧が世間話を始めそうな雰囲気を感じ取って、一夏が強引に本題に戻した。その言葉でナターシャは自分がここに来たわけを思い出し、一夏に懇願するような視線を向ける。
「少し外出をしたいんだけど、何とかならない?」
「必要なものがあるなら言え。真耶にでも買いに行かせる」
「そこは一夏が行くっていうんじゃないの?」
「女性の必需品とかだったら、俺が買いに行けるわけ無いだろうが」
「それもそうね。というか、もう少し照れたりしないわけ? つまらないわよ?」
「別にお前を楽しませてやる義理は無いからな」
真顔で淡々と話す一夏に、ナターシャは少しつまらなそうにため息を吐いてから、一夏の案に乗ることにした。
「だったらその真耶? って人を連れてきてくれないかしら? 直接お願いした方が、一夏も誤解されないでしょうしね」
「お前からの頼みだというから誤解も何も無いだろうが。というか、お前も顔は見た事あるんじゃないか?」
「んー? あぁ、あのホンワカとしてる眼鏡の子ね」
少し思い出すのに時間がかかったが、ナターシャは真耶の顔を思い出し納得したように手を打った。
「あの子、一夏とどういう関係なの?」
「同僚だ」
「それにしては親し過ぎるようにも思えたけど? 一夏が同僚を名前で呼ぶなんて、珍しい事もあるものね」
「……現役の代表だった時の後輩だ」
確かに同僚の事を名前で呼ぶ事など無いなと考えなおし、別に隠す事でもないという事で真耶との関係を更に掘り下げて説明する。といっても、それ以上でも以下でもないので、端的に告げる以外の事は出来なかった。
「そういう事にしておくわね。それじゃあ、早いところ呼んでくれるかしら? あんまり時間が無いから」
「何をそんなに焦ってるんだ」
「女性の秘密を暴こうとするなんて、あんまりいいことではないわよ?」
「はいはい。それじゃあ真耶を裏庭に呼んでおくから、そっちで勝手に話せ」
「相変わらずつまらない反応しかしてくれないわね……まぁいいわ。それじゃあ、お願いね」
ヒラヒラと手を振りながら、ナターシャが裏庭へと戻っていくのを見送り、一夏は盛大にため息を吐いた。
「何が目的何だか……」
「調べてあげましょうか?」
「いやいい。大して気にならないし、面倒事に繋がらないなら放置しても問題ないだろ」
「ほんと、同い年とは思えないくらい苦労してるのね、織斑君って」
「同情するな。悲しくなってくるだろうが」
「ゴメンね」
あまり悪びれた様子ではない碧の口調に、一夏は苦笑いを浮かべながら視線を明後日の方へ向ける。
「まだ何か気になることでも?」
「いや……この時期になるとウサギの行動が活発になってきたなと思ってな」
「ウサギ? この辺りにウサギなんて生息してるの?」
「普通のウサギではなく、変態で駄目駄目なウサ耳マッドだ」
「あぁ、篠ノ之博士の事……でもここ最近は大人しく織斑君に言われた通り亡国機業の事を調べてるんでしょ?」
「実際作業してるところを見たこと無いから何とも言えんが、調べてくれていると思いたい」
束の事だから余計な事をしてまた面倒事を増やしてるのではないかと、一夏はそんなことを考えている。それが実際にありえそうな事なので、碧も「考えすぎ」と一夏の心配事を笑い飛ばす事が出来なかった。
「織斑君の誕生日よりも先に、文化祭があるわけだし、今はそっちに意識を向けましょうよ」
「文化祭か……亡国機業の人間が忍び込むには絶好の機会だしな。学園内にスパイがいるのなら、招待状も簡単に手に入るわけだしな」
「そっちの警戒は私の仕事の内だから、織斑君は気にしなくて良いわよ。ちゃんと尻尾は掴んでおくから」
「そうしてくれるとだいぶ楽になるんだがな」
もう一度ため息を吐いて、一夏は残っていたお茶を一気に飲み干し、見回りの為に寮内へ移動するのだった。
同情されると悲しくなるんですよね……