碧が学園に来てから、楯無が生徒会業務をサボる回数が劇的に減っている。一つはサボったら虚に報告がすぐに行くと知らしめられた事と、もう一つは楯無が密かに計画している事を実行する為に、生徒会業務に時間を取られたくないと考えているからだった。
「お嬢様が真面目になってくださって、私は嬉しく思っています」
「よく言うわよ。碧さんを抱き込んで私の居場所を常に把握してるくせに。お陰でおちおちトイレにも行けないじゃないの」
「お嬢様がトイレにいようが何処にいようが構いませんが、これは本来お嬢様の仕事なのですから」
「私だって好きで生徒会長をやってるわけじゃないのよ? 国家代表としてあちこち飛び回る可能性があるからって言ったのに、前の生徒会長に勝ったんだからって言われて仕方なく……」
「お嬢様が相手を完膚なきまでに叩きのめしたのがいけないのですから。文句言ってる暇があるのでしたら、こちらも処理してください」
「うへぇ……」
次の山が運ばれてきて、楯無は思わずため息を吐きながら机に突っ伏した。最近は本音も手伝いに来てくれていたのだが、今日は簪の稽古の相手を務めるという理由で生徒会室に顔を出していない。だから一人当たりの書類の量は本音がいる時よりちょっと多いのだ。
「本音が手伝ってくれるようになってから、ちょっとは楽が出来てたって実感するわね……」
「あの子が片づけている量は、この山の半分程度です」
「それでもよ。さて、文句言ってても書類が減るわけじゃないし、もうちょっと頑張るとしますか!」
「………」
気合を入れ直した楯無を、虚は訝しげな顔で眺める。虚にとって楯無がやる気を出してくれるのは願ってもない事だったのだが、こうも突然やる気を出されると、かえって気持ちが悪いのだった。
「お嬢様、何を企んでいるのですか?」
「企むって、何のこと?」
「いえ……お嬢様が急に真面目になられたのは、碧さんに監視を頼んだからだけではないような気がしているのです」
「酷いっ!? 虚ちゃんは私が何かを企んでるように思えているわけ?」
「はい」
ウソ泣きをして虚の反応を見ようとした楯無だったが、即答されてしまい口をポカンと開いたまま十秒ほど固まってから抗議を始めた。
「即答って酷くない! というか、虚ちゃんはご主人様の事が信じられないのね?」
「だってお嬢様ですよ? 何処を信じろと言うのですか」
「まぁ散々サボってきたから仕方ないけど、もうちょっと私の事を信じてくれても良いんじゃない? これでも反省してるんだから」
「そうですか。そういえば先ほど小耳にはさんだのですが、もうすぐ織斑先生の誕生日だそうですね」
「そ、そういえばそうだったわね……」
視線を明後日の方へ向け、吹けない口笛で誤魔化そうとした楯無を見て、虚は楯無が何を企んでいるのかに合点がいった。
「お嬢様は織斑先生の誕生日をお祝いするために、生徒会業務を出来るだけ早く片付けて準備しているわけですか」
「っ!? ……はぁ。虚ちゃんには隠し事出来ないわね」
「お嬢様が分かりやす過ぎるのです」
素直に降参した楯無に対して、虚は少し呆れ気味に答えた。
「一夏先輩には散々お世話になってるし、少しでも感謝出来たらなって思ってるんだけど……一夏先輩が喜びそうなことが思いつかないのよね……何かないかな?」
「普通にケーキを用意してお祝いするだけではいけないのでしょうか?」
「だってその程度なら千冬ちゃんたちがするでしょうから、私たちにしか出来ない何かが無いか考えているのよ」
「奇を衒い過ぎて織斑先生に迷惑を掛けないようにした方がよろしいのでは? ただでさえ忙しいのですから」
「そうだ! 本音のパジャマ? を着て一夏先輩をお祝いするのはどうかな?」
「却下です」
虚に即答され、楯無は苦笑いを浮かべる。楯無自身も今のは無いかなと思っていたので、虚が却下してくれて助かったと思っているのだが、それを素直に口にすれば、虚に怒られるので誤魔化したのだ。
「やっぱりお祝いの言葉だけの方が無難なのよね……でも、それだけで返せる恩じゃないし……」
「織斑先生だって、一気に返して欲しいなんて思って無いと思いますよ? というか、お嬢様が恩返しするなんて思って無いでしょうから、お祝いの言葉だけでも喜んでくれるのではありませんか?」
「そうかな……? 虚ちゃん、それってどういう意味よ?」
「言葉通りの意味ですが?」
「少しはご主人様を敬いなさい!」
「敬える主人になられたのでしたら、その時は全力で敬わせていただきます」
「もうっ!」
虚の言葉に不貞腐れながら、楯無は残りの書類に手を伸ばし、それを処理しながら一夏の誕生日に何をするかという事を考えていたのだった。その所為で多少のミスを犯し虚に怒られたが、何時もより早い時間に生徒会業務を終わらせることが出来たのだった。
楯無は虚に勝てる日が来るのだろうか