食事を済ませ風呂に向かう途中で、千冬は一夏の気配を感じ取った。
「一夏兄が帰ってきた」
「何だ? ずっと探ってたのか?」
「一夏兄の気配が無いと心配だろうが。お前だって、一夏兄の気配を探るのくらい出来るだろ?」
「まぁ、近しい人の気配を探ることは出来るが、あの人が本気で隠れたら姉さんですら見つけるのが困難なんだから、私たちレベルでは本気で探るのは不可能だろ?」
「まぁそうだが……だが、一夏兄が私たちから隠れなければいけない理由とは何だ?」
「それは……何か面倒な事に巻き込まれていて、私たちを巻き込まないようにしている、とかか?」
「あり得そうだな……一夏兄は面倒事は嫌いだが、巻き込まれやすい性質だから」
束と知り合った事が既に運の尽きだと、以前に一夏から聞かされている二人は、一夏がまた何か面倒事に巻き込まれているのではないかと疑った。
「どうしたの~? こんなところで突っ立って」
「本音か」
「何か考え事?」
「いや、一夏さんが抱えている面倒事が何なのか少し考えていただけだ。それほど深刻な悩みではないと思うがな」
「織斑せんせ~なら、大抵の事なら解決出来るだろうしね~」
「そう言えば本音。お前は何時から一夏兄の事を知ってたんだ?」
「いきなり何さ~。織斑せんせ~の事は、子供の頃から知ってるよ~」
「何っ!?」
「第一回、第二回とモンド・グロッソを制覇してるんだから~」
子供の頃から付き合いがあるのかと疑った千冬だったが、考えてみれば当然な答えが本音から返され、自分の猪突猛進っぷりを反省しようと思った。
「おりむ~は織斑せんせ~の事になると冷静さを欠いてるよね~」
「それは同感だが、恐らくこいつもお前にだけは言われたくないと思ってるんじゃないか?」
「何で~? 私は常に冷静だよ~?」
「本音の場合は、冷静じゃなくてサボってるだけでしょ」
「そんな事ないよ~! これでも常に気は張ってるんだけどな~。その証拠に、さっきからかんちゃんの事を覗き見してる人がそこにいるよ~」
本音が指差した先には、陰からコソコソとこちらの事を伺い見ている楯無がいた。
「お姉ちゃん!? 何か用事?」
「まさか本音にバレるとは思って無かったけどね……一応簪ちゃんにも報告しておいた方が良いかなって思って来たんだけど、千冬ちゃんや箒ちゃんの意識が一夏先輩に向いてる今なら、この二人の実力を知れるかなーって思って隠れてたんだ」
「楯無様の実力なら、おりむ~やシノノン相手なら完封出来ますよ~」
「うん、そっちの実力じゃないのよ」
「ほえ~?」
ISや剣術の実力ではなく、楯無が探っていたのは二人の気配察知能力などなので、本音の言葉はあっさりと流された。
「それでお姉ちゃん、私にも知らせておいた方が良い事って?」
「うん。小鳥遊碧さんが、IS学園の敷地内にいるから。見かけても驚かないでね」
「碧さんが? でもあの人は、いろいろと忙しくて滅多に家にも帰ってこなかったはずじゃ」
「今の碧さんの仕事内容が、ここにいた方がやりやすいって言うのもあるけど、一夏先輩と逐一情報を共有した方が良い状況になってるという事もあるから。本音、分かってるとは思うけど――」
「かんちゃんの身の安全は、絶対に死守します」
「そっ。それが分かってるなら大丈夫ね」
それだけ言い残して、楯無は音も無く消えてしまった。一夏や束で見慣れているはずの千冬と箒が驚き、簪と本音は特に何の反応も見せなかった。
「織斑先生と碧さんが連携しなければいけないような事が、私たちの知らないところで起こってるの?」
「福音の事件で、何やら裏があるらしいって事はおね~ちゃんからは聞かされてるけど、それ以上の事は私も知らないからね?」
「それは分かってる。本音が情報通だとは思って無いから」
「それはそれで複雑な思いだよ~」
本当は知っているのだが、まだ簪に知らせる時期ではないと念を押されているので、本音はいつも通り恍けてみせた。それで簪も納得してくれるので、本音は普段の自分がどれだけ頼りないと思われているのかを改めて実感した。
「(ある意味自業自得なんだけど、ここまで信用されてないのはちょっと問題かもね~。今度からはしっかりとした護衛だって思ってもらえるように、もうちょっと頑張らなきゃ)」
それでも少ししか頑張ろうとしないのは、本音の根が怠け者だという事なのだが、本人はその事に気付いていないし、誰も指摘してくれる人もいない。
「相変わらず凄い移動速度だな」
「一夏さんや姉さんの動きで慣れている私たちですら、その姿を掴めないとは」
「見ようとするだけ無駄だから、私たちはもうそんな事しないけどね」
「楯無様もおね~ちゃんも、一瞬でいなくなっちゃうからね~」
簪と本音の諦めともとれる言葉に、千冬と箒は共感と同時に自分たちはもう少し頑張ろうと心に決めたのだった。
物凄く早く移動してるだけ