簪たちとの自主練を終え、千冬は一夏の気配を探ったが、少なくとも千冬が探れる範囲に一夏の気配はなかった。
「一夏兄、出かけてるのか？」
「織斑先生がどうかしたの？」
「学園内に一夏兄の気配がないんだ。一夏兄が私から隠れる理由など無いだろうし、何処かに出かけてると考えるのが自然なんだが、外に出ると面倒が起こるからって滅多に出かけないんだよな……何か急用でもあったのだろうか」
「織斑せんせ～なら、今日はウチで一番頼りになる人と顔合わせをしてるはずだよ～？」
「ウチでって、更識家でって事か？ だが、何でそんな人と一夏さんが顔合わせをする必要があるんだ？」
更識家の現情をよく知らない二人は、簪と本音を見詰めながら尋ねるが、簪も詳しい事情は知らないので、困った顔で本音の事を見詰めた。
「この間の事件、かなりきな臭い状況になってるから、少しでも人手を増やそうって事だと思うよ～？ 今までは裏で動いてくれてたみたいだけど、織斑せんせ～と直接話せた方がスムーズに事が進むんじゃないかな？ まぁ、私も詳しい事は聞いてないから、本当の事は分からないけどね～」
最後に恍けてみせた事で、千冬と箒はそれ以上の事は聞いてこなかったが、簪は何かを訝しむ視線を本音に向けている。
「（やっぱりかんちゃんは疑ってくるよね～。でも、それも作戦の内なのだ～）」
「本音、さっきから簪の事を見詰めてるが、何かあるのか？」
「ほえ？ かんちゃんも成長してて、私も頑張らないと訓練の相手が務まらなくなっちゃうな～ってね。先代の楯無様からも、今の楯無様からもかんちゃんの事は頼まれてるから、私ももっと頑張った方が良いのかな～って思ったりしてるんだよ」
「そういう事が無くても、本音はもっと頑張った方が良いと思うぞ」
「おりむ～たちに言われたくは無いよ～。私より勉強が出来ない人がいるとは思って無かったしね～」
本音のカウンターに、千冬と箒は言葉を失う。本音もだが千冬と箒は簪の力を借りられなかったら、間違いなく補習だったのだ。しかも点数で言えば、本音の方が二人より二十点以上高かったので、本音の言葉は二人に多大なダメージを与えるものだったのだ。
「とりあえず、今日は部屋に戻ろうよ。そろそろ寮の中に戻ってないと怒られる時間だし」
「だが一夏兄は学園内にいないから、怒られる心配はしなくても良いんじゃないか？ 寮長はあくまでも山田先生なんだから」
「でも、あのせんせ～から織斑せんせ～に報告が行くと思うけど～？」
「その可能性は大いにあるな……それじゃあ、続きは食堂で話すとするか」
「そうだね～」
三人は意気揚々と食堂まで向かうが、簪は三人から少し遅れた位置で本音の背中を見詰める。彼女が何かを隠している事は、簪もすぐに分かった。だが何を隠しているのか、何故自分に隠しているのかは分かっていない。
「（本音が私に隠し事をするなんて、今まであったかな……）」
生まれた時からの付き合いだが、彼女が自分に何かを隠していた事など、簪の覚えている限りではそれほどないのだ。あったとしても、テストの点数が悪かったとか、自分のおやつを勝手に食べたとかそのような事だけなのだ。
「（今回は明らかにそれとは違うし、お姉ちゃんたちに頼まれて隠し事をしてる感じだし……織斑先生に聞けば教えてくれるかな……って、私まで織斑先生に甘えたら、千冬の眼が怖いものに変わってくるだろうし）」
一夏には楯無と本音が甘えまくっているのに、そこに自分まで加わったら千冬がどう思うかと考え、簪は自分の考えを放棄する。本音を言えば自分も甘えてみたいと思っているのだが、それをするなら千冬に絶対に気付かれない場所じゃなければと思っているのだった。
「かんちゃん？ さっきから私の背中をじっと見てるけど、何かついてるの～？」
「別に何もついてないよ。ただちょっと、胸は成長してるのに身長と頭は成長してないなって思ってただけ」
「これでもちょっとは成長してるんだからね～！ というか、かんちゃんだって私とあまり身長変わらないじゃないか～！」
「おい。あんまり叫ぶと怒られるかもしれないぞ。お前一人が怒られるなら構わないが、私たちまで連帯責任で怒られるのは御免だ」
「む～！ まぁかんちゃんとは部屋でゆっくり話せるから良いけどさ～。身長が伸びない事は気にしてるのに～」
「そりゃお菓子ばかり食べてたら伸びるものも伸びなくなるんじゃないか？」
「そうなのかな～？ そう言えば、楯無様もあんまり大きくないような気もするし、偏食ばっかだと駄目なのかな～？」
「偏ってるんだから、駄目なんじゃないか？」
千冬のツッコミに、本音は少し困ったように微笑み、そして恥ずかしそうに頬を掻いたのだった。
偏ってるのは駄目だろ……