何時も通り忙しい土曜日を過ごした一夏は、明日の予定を確認して思わずため息を吐いた。
「十三時に出かけるとなると、それまでにこの仕事を終わらせなければいけないわけか……ますます亡国機業の事を調べる時間が無くなるな」
未だに束からの調査結果が届かないので何ともいかないのだが、独自で調べる暇があれば束に頼むこともしないのにと、一夏は自分の忙しさを呪った。
「騒がしくないのは良いが、これほど忙しいとなるとな……千冬が卒業するまでは仕方ないが、それ以降は本気で考えなければいけないかもしれない」
高校を卒業すれば、千冬も社会に出て働きだす。そうなれば自分の役目も一先ず終わりを迎えるだろうと一夏は考えており、その後の人生をどうするか考える事が多くなってきている。もちろん、このまま学園で教鞭を振るう事も選択肢の一つではあるのだが、学園が自分に押し付けてくる仕事量と給料が比例していないのが頭を悩ませる原因でもあった。
「まぁ、面倒事で時間を潰されるのは今に始まった事ではないがな……」
先日楯無に言われた通り、一夏の学生生活の大半は束の相手で消費されていた。それ以外は道場の手伝いや千冬たちの世話などに時間を使っていたので、自分の為に使える時間など本当に僅かしかなかったのだ。束の相手をしていた時間が書類整理やらに変わっただけで、本質的には何一つ変わっていないなと、一夏はもう一度ため息を吐いた。
「とりあえず、早急に処理しなければいけないものは既に片付けたし、刀奈たちの方の問題も、明日会う相手次第で忙しくなるのか平和になるのか分からないから、今は何も出来ないし」
これまでの調査資料に目を通しながら、一夏は今後どう動くか考え始める。
「こっちの問題と更識の問題が繋がってるとなると、いよいよ俺一人の手には負えなくなってくるな……」
ほぼ確実につながっていると一夏も思っているので、これからは連携が重要であると一夏は思っている。だが束が自分以外と連携を取れるとは思えないし、楯無も何処か抜けている部分があるので、自分がしっかりしなければいけないと、一夏は頭を抱えたくなる思いだった。
「束は兎も角として、楯無がもう少ししっかりしてくれれば、こんなことで頭を悩ませることも無いんだが」
一夏にとって、楯無も束もあまり変わらない相手なのだが、多少なりとも改善の余地がある楯無に対して愚痴りたくなるのは、それだけ楯無に期待しているからだろう。過去の経験上、束に何を言っても無駄だという事は一夏が一番知っているので、彼女に対しての愚痴を零すだけ無駄なのだ。
「まあ、問題は更識家だけじゃないがな……」
高い確率で亡国機業に関わっている両親と妹の事を考え、一夏は今まで以上に難しい顔をする。自分たちを捨てた両親など興味はないし、敵として立ちはだかっても一切の容赦なく斬り捨てる覚悟は出来ている。だがもう一人の妹に関しては、その覚悟が出来ていない。自分の意思で亡国機業に加わっているなら兎も角、両親の言いなりになっているだけなら、同情の余地があると思ってしまうのだ。
「とりあえず今は、目の前の問題を片付ける事に集中しなければな。万が一候補生が使い物にならなくなったら、何を言われるか分かったもんじゃないからな」
名目上は何処の国家にも属していない事になっているIS学園だが、その敷地は日本にあり、他国の候補生が再起不能になればその抗議は日本政府に行くだろう。そして日本政府は、IS学園に問題を押し付け、学園は一夏に解決を一任して我関せずの態度を貫き通すのは目に見えている。それが分かるからこそ、一夏は慎重に物事を進めるべきだと考え、ここ最近は後手に回っているのだ。
「もう一人くらい、優秀な後輩がいてくれれば助かったんだが……真耶はこういった事に巻き込めないしな」
ただでさえここ最近迷惑を掛けている真耶に、これ以上家庭の事情で迷惑を掛けるわけにはいかないと考えてしまうのは、一夏が良い人だからだろう。幾ら上司であろうと、私的な問題に部下を巻き込めないし、巻き込むつもりは無いと一夏は考えている。
「だからといって、こっちの仕事を真耶に任せる事も出来ないし……結局は俺が頑張るのが一番良いんだろうな」
結局は自己犠牲を強いられるのかと、一夏は今日一番の苦笑いをとため息を吐き、手近な書類に手を伸ばした。目を通していく内に、これは一教師が片づける案件ではないのではないかと思い始め、本気で転職を考えた方が良いのかもしれないという思考が働き、一夏は慌てて頭を振ってその考えを思考の外に追いやった。
「それを考えるのは、今抱えてる問題が片付いてからだ」
そう自分に言い聞かせて、一夏は残りの仕事を終わらせることだけに集中するのだった。
優秀過ぎるのも問題だな……