金曜日という事もあって、生徒たちは何処か浮かれている様子だ。夏休みが終わったばかりだというのに、やはり休みというのは嬉しいものなのだろう。
「明日明後日は思いっきり寝坊出来るね」
「あんた、そんなことしてるとまた遅刻ギリギリになっちゃうわよ?」
「マヤヤなら大丈夫だって」
「だからここ最近のHRは織斑先生なんでしょ」
「そうだった……」
クラスメイト達の会話を聞きながら、千冬と箒も明日明後日が休みだという事を意識し始める。
「授業が無いという事は、一日中訓練に時間を割くことが出来るな」
「一夏さんから出された課題があるだろ。それを片付けない事には、とてもじゃないが訓練なんてしてる時間はないぞ」
「そうだった……まぁ、半日もあれば終わるだろう」
「まるで自力で片づけられるみたいな言い方だが、私もお前も、簪の手助けが無ければ赤点で補習だったんだぞ? その私たちが、これだけの量を半日で終わらせられるわけ無いだろうが」
一夏から出された課題は、見開き十ページなので、集中して取り組めば半日とまでは言わないが、一日もかからずに終わらせることは出来るだろう。だが千冬と箒の学力は、学年でも下から数えた方が早い――というか、最下位とその一個上なので、二日かかっても終わらせられない可能性があるのだ。
「本音も似たような課題を出されてるから、私たちも簪の世話になる。だから半日程度で終わらせられるだろう」
「何でお前が偉そうに言うのか、私にはそれが理解出来ない……」
自分たちの勉強を見るのは、簪には何のメリットもないのだ。だから普通なら自分のように恐縮するのではないかと箒は思っているのだが、何故か千冬は偉そうな態度を取っている。
「その代わりに私たちが簪の訓練相手を務めるのだから、簪にとっても悪い事ではないだろ?」
「私たちの実力が、そこまで高いとは思えないがな」
「まぁ、一夏兄や束さんと比べれば何十枚も落ちるだろうが、鈴やセシリアたちと最近では互角以上に戦えるのだから、国家代表レベルくらいにはなってるんじゃないか?」
「そうだと良いがな……」
千冬程楽観視が出来ない箒は、しきりに不安そうな表情を見せるが、千冬は考え過ぎだと一蹴し、同じように課題を出された本音に近寄り声をかける。
「おい、生きてるか?」
「ほえ~……朝早かったから眠いよ~」
「あの程度でだらしがない。一夏兄の授業中に寝るとは、お前は命知らずだな」
「寝ないようにしなきゃって思ってたんだけど、気が付いたら瞼がくっついてたんだよね~。あの時の衝撃は、一生忘れられないと思うよ~」
普通に寝てただけなら、あそこまでの威力で叩かれなかっただろうが、本音は寝言と鼾を掻いたので、それも加味されての制裁を受けたのだった。
「お前の評価が下がれば、それだけ簪に迷惑を掛けるんじゃないのか?」
「私が授業中に寝るのは今更だし、中学の時もこんな事があったから、かんちゃんも気にしてないと思うよ~」
「少しは気にした方が良いんじゃないか?」
あまりにも能天気な本音に、千冬も思わずツッコミを入れてしまった。先ほどまで箒に似たような視線を向けられていたのを棚に上げて、千冬は本音の事を可哀想な者を見る目で見つめるのだった。
「あっ、かんちゃん! どうしたの、こんなところまで」
「本音が織斑先生に叩かれたって聞いて、何があったのかと思ったけど……また寝たんだね」
「朝早かったからね~。それに加えて、おりむ~やシノノンと身体を動かしたからさ~」
「その所為で大量の課題を出されたんだろ、お前は」
「おりむ~やシノノンだって、私とさほど変わらない量の課題を出されてるんだから、人の事言えないんじゃないの~?」
「私たちのはいつも通りだ。圧倒的にISの知識が足りない私たちの事を考えて、一夏兄は課題を出しているんだぞ。お前のように、罰課題ではない」
簪にとって、課題を出されてる時点で大差はないと思っていたのだが、罰則ではない分千冬たちの方がマシなのかもという考えに陥ってしまった。その所為で自分に向けられる視線に、鋭さが増したような気が本音はしていたのだった。
「かんちゃん? 何だか怒ってない?」
「怒るに決まってるでしょうが。織斑先生に迷惑を掛けて! どれだけ織斑先生に迷惑を掛ければ気が済むの!」
「別に私だけじゃないと思うんだけど?」
「だから! これ以上迷惑を掛けないようにしようって、昨日言ったばかりでしょ!」
「そうだったっけ~?」
「昨日の事も覚えてないのか、お前は」
さすがにそこまで記憶力が低いとは思っていなかった千冬は、思わずツッコミを入れてしまった。そのツッコミの所為で、本音ではなく簪が恥ずかしそうにしたのを、箒は三人の背後で眺めていたのだった。
姉と従者が迷惑を掛けて、それを簪が心苦しく思う……簪が可哀想だ