一夏や束のように部屋からいなくなった二人を見て、千冬と箒は思わず顔を見合わせてしまった。
「あの二人も達人クラスという事か……」
「本気になれば一夏さんや姉さんと同等くらいには力を出せるという事なんだろうな……」
「ということは、あの人たちの妹である簪と本音も――いや、本音は無いか」
「アイツが私たちより素早く動けるとは思えないしな……」
千冬と箒は自分たちが強いとは思っていないが、他の人たちよりかは早く動けると思っていたのだ。だが楯無と虚が見せた動きは、少なくとも自分たちより数枚は上の実力が無ければ出来ないもので、二人が知る限りでは一夏と束くらいしか出来ないはずだったのだ。
だがその動きを学生である楯無と虚が出来たのを受けて、彼女たちの血縁である簪と本音も、ある程度は出来るのではないかという考えに至ったのだ。
「これは明日から簪たちも訓練に呼んで、あの二人の実力を正確に測った方が良さそうだな」
「だが、簪も本音も、あまり運動が得意ではないと言っていなかったか? そもそも本音は朝起きてないと言っていたし」
「電話して誘ってみれば良いだろ。簪を誘えば、護衛である本音も起きざるを得ないだろ?」
「それはどうか分からんな……護衛と言っても、学園で生活してる以上危険は限りなくゼロに等しいだろうし」
「それはそうか」
千冬は箒の言い分をあっさりと受け入れ、そのくらいで本音が起きるはずもないと決めつけた。この学園には現役の国家代表である楯無やそれに準じる動きを見せた虚、そして何より、一夏が生活しているのだ。本音が常に気を張っていなくても、身の安全はある程度確保されていると言えるだろうと思ったのだ。
「まぁとりあえず誘ってみるとするか」
「言い出しっぺのお前が誘えよな」
「それくらいなら問題ないが、どっちが誘ってもあまり変わらないんじゃないのか?」
「だから、言い出しっぺのお前で良いだろ」
何となく釈然としない気分を味わいながら、千冬は携帯を取り出して簪に電話をかける。
『はい』
「簪か? 今ちょっといいか?」
『別にいいけど? 何か急ぎの用事?』
「そういうわけではない。今お前のお姉さんが部屋に来てな――」
『お姉ちゃんが?』
簪としても意外だったのだろう。千冬のセリフをぶった切って驚きの声を上げた。
「あ、あぁ……ちょっとした世間話をしただけだから、そこまで驚かなくてもいいと思うが」
『世間話、ねぇ……』
「話を進めてもいいか?」
『うん、良いよ』
簪が何かを考えている様子だったので、少しためらいながら尋ねると、簪はあっさりと許可を出してくれたので、千冬の方が少し困ったように話を進める。
「そこでお姉さんたちの動きを見て――」
『たち? 虚さんも来たの?』
「あ、あぁ……あの人は簪のお姉さんの護衛なんだろ?」
『まぁそういう事になってるのは確かだよ。本音も見習ってもらいたいくらい、虚さんは真面目だから』
「その二人の動きを見てちょっと思ったんだが、明日簪と本音も私たちと一緒に身体を動かさないか?」
『何で?』
「簪と本音がどれ程動けるのか興味が湧いてな。少しだけでも一緒に運動してみたくなったんだが……都合悪いのか?」
正直に話した方が心証が良いだろうと考えた千冬は、思った事を素直に簪に話して誘う。それを隣で聞いていた箒は、若干苦笑いを浮かべているようにも見えたが、千冬はあまり気にしなかった。
『お姉ちゃんや虚さんと比べられる程、私たちは凄くないよ』
「まぁ、出来る姉や兄と比べられるのは、私たちも経験があるからあまり強くは言えないが、私たちからすれば簪も十分凄いと思うがな」
『どうしてそう思うの?』
「だって、代表候補生だろ? しかも自力でISを組み立てた程の整備の腕まであるんだ。IS素人の私たちから見れば、簪だって十分凄い部類に入っている」
『これくらいお姉ちゃんだって出来るし、私は結局織斑先生に助けてもらったから』
「そう卑屈になるな。それじゃあ明日の朝六時、中庭で待ってるからな」
『えっ、ちょ――』
まだ何か言いたげな簪の言葉を待たずに、千冬は通信を切って携帯をベッドに放り投げた。
「何か言いたげだな?」
「姉と比べるのはどうかと思っただけだ。私やお前も、優秀な兄や姉と比べられるのがどんな思いか知ってるはずだろうが」
「だからこそ言ったんだ。同じ思いをしているであろう簪に、そんなこと考えなくてもいいと教えてやろうとな」
「前に簪が言ってただろ。私たちのように、あそこの姉妹は年齢差が無いんだから、同じようには思えないと」
「とりあえず明日だ。明日来てくれれば全てが上手くいくだろう」
「お前の考えが上手くいくとは思えないがな」
千冬の根拠のない自信に、箒はため息を我慢出来なかったのだった。
箒じゃなくてもため息を吐きたくなるな……