部屋に引きずられた千冬は、到着するなり箒に鋭い視線を向ける。
「何で邪魔をしたんだ! 一夏兄にもっと生徒会長との関係を聞きたかったのに!」
「だから引きずってきたんだ! お前一人が怒られるなら兎も角、そろそろ部屋に戻らないと一夏さんに怒られただろうからな、私も」
「まだ消灯時間には早いし、あの程度で一夏兄が怒るとも思えないが」
「あまりにもしつこかったら怒るだろうが……それで姉さんも派手に怒られた事があるんだから」
「そういえばあったな、そんなことも」
まだ二人が小さかったころ、一夏にしつこく付き纏っていた束が盛大に怒られた事があった。それを見ていた二人は、一夏にしつこく付き纏うのは止そうと心に決めていたのだが、最近の千冬はその決意を忘れつつあるのだった。
「お前だけが怒られるなら私も止めはしないが、あの場にいたら私まで怒られるみたいだったからな」
「兎に角、今度生徒会長と会ったら一夏兄の事をどう思っているのか詳しく――」
千冬が何かを言い掛けたところで、箒はこの部屋に誰かが近づいてくることに気が付いた。
「誰だ?」
「見回りの山田先生じゃないのか?」
「いや、あんなとろい足音じゃなく、もっと鍛えられた感じの足音だ」
「ラウラか?」
「それとも違う気がするな……明らかに私たちより実力者だ。それでいてわざと気配や足音を聞かせているような感じがする」
「そんなヤツ、知り合いにいたか?」
ラウラやシャルロットの事は、実力者と認めているが、自分たちと比べて明らかに強者だとは思っていない。それは鈴やセシリアであっても同様だ。ましてその四人に気配を隠すような技術は備わっていない。ラウラには多少なりとも備わっているが、その点に関してだけ言えば自分たちの方が上だと思っているのだ。
『ちょっといいかしら?』
「誰だ?」
『簪ちゃんのお姉ちゃんでーす!』
「はっ?」
言葉の意味を理解するのに少し時間を要したが、箒は扉の向こうにいるのが生徒会長であり現役の国家代表である更識楯無だと分かり、緊張した雰囲気で扉を開けた。
「こんにちは。いえ、もうこんばんはかしら?」
「こ、こんばんは……」
「貴女が篠ノ之箒ちゃんよね? それで、部屋の中から殺気をぶつけてきてるのが、一夏先輩の妹ちゃんであり簪ちゃんのお友達の織斑千冬ちゃん、であってるかしら?」
「は、はい……篠ノ之箒です」
「織斑千冬です。それで、生徒会長様がこんな場所に何の用ですか?」
明らかに不機嫌な千冬を見て、楯無は笑みを浮かべる。
「大丈夫よ。別に一夏先輩を私にちょうだいとかじゃないから」
「当たり前です!」
「一夏先輩から聞いていたけど、本当に千冬ちゃんは一夏先輩の事が好きなのね~。ちょっと異常って思うくらいに」
「それで、会長さんが何の用で私たちの部屋に?」
「ここではちょっと……入れてもらっていいかしら?」
周りに人の気配はないとはいえ、あまり聞かれたくない話だという事を理解し、箒と千冬は頷きあって楯無を部屋に招き入れた。
「あっ、もう一人いるからね」
「そんなの何処に――」
「失礼します。布仏虚と申します、以後お見知りおきを」
「「っ!?」」
「虚ちゃんの気配遮断は、私と同レベルかそれ以上だからね~。まっ、今回私は隠れるつもりは無かったけど」
「失礼ながら、お二人の実力を計らせていただきました。このくらいなら、警戒レベルを下げても問題ないでしょう」
遠回しに力不足だと言われたのだが、圧倒的な力の差を見せられたばかりなので、二人は何も反論出来ずにただ虚を見詰めるだけだった。
「大丈夫だからね? 私も虚ちゃんも、一夏先輩には歯が立たないから。そこまで警戒しなくても襲ったりもしないし」
「あの人に勝てる人物など、この学園に存在しませんよ、お嬢様」
「まぁ一夏先輩だしね」
「「………」」
楯無と虚に圧倒され言葉を失っていた二人だったが、急に楯無の表情が真面目になったので、それにつられるように表情を改めた。
「まずは、妹たちと仲良くしてくれてありがとう。これからも仲良くしてあげてね」
「それはもちろん。簪には私たちもお世話になったので」
「本音はいい意味で恍けてるからな。私たち相手でも緊張しないのは珍しいですから」
「微妙に褒められてない気がしますが、本音が役に立ってるなら幸いです」
「それで、わざわざそんなことを言いに来たわけではないですよね?」
「ええ、もちろん。万が一簪ちゃんに危険な事が起こったら、助けてあげてくれないかしら」
楯無の言葉に、千冬と箒は一秒間バッチリと目を合わせて固まってしまった。
「そんな事、当たり前ですよ」
「友達が危ない目に遭うかもしれないので、黙って見過ごすわけがありません」
「ありがとう。それから、簪ちゃんから聞いてるかもしれないけど、私たちの家は普通じゃないの。だから、普通の危ない目とはちょっと違うかもしれないから、その覚悟はしておいてね」
それだけ言い残して、楯無も虚も音もなく部屋からいなくなり、二人は再び互いを見つめ合い固まってしまったのだった。
こちらにも忠告をしておかないといけないので