二学期初日という事もあって、それほど忙しい思いはしなくて済んだ楯無は、報告を兼ねて一夏の部屋を訪れようとして、虚に見つかり気まずい空気の中視線を彷徨わせていた。
「お嬢様。生徒会の仕事はさほどありませんが、例の件で忙しいのですから織斑先生の所へ行っている場合ではありませんよ」
「そんなこと言ってもさ~、学校で出来る事なんて殆どないんだし、報告が無ければ私たちがすべきことはないじゃない? だったら、一夏先輩と今後の話し合いをした方が有意義だと思うんだけど」
「ただお嬢様が織斑先生に会いたいだけじゃないんですか?」
「ギクッ!? そ、そんな事ないわよ?」
あからさまな態度に、虚はため息を吐く。一夏が頼りになるのは虚も分かっているのだが、ここ最近頼りすぎなのではないかと心配しているのだ。
「織斑先生がお嬢様を裏切ることはないでしょうが、あまり頼りすぎているといざ頼れなくなった時に困るのではありませんか?」
「そうなのよね……さすがに学校を卒業しちゃったら気楽に頼れなくなっちゃうし……いっそのこと一夏先輩を更識に迎え入れようかしら」
「織斑先生を、ですか? 当主相談役という役職でも作るつもりなのですか?」
「私か虚ちゃんの旦那様でも良いのよ?」
楯無の冗談とも本気ともとれる発言に、虚は顔を真っ赤にして口をパクパク動かす。
「その様子を見れば、虚ちゃんも満更じゃなさそうだしね」
「か、からかわないでください! そもそも、私と織斑先生とでは釣り合いませんし」
「そうかしら? 虚ちゃんが素直に甘えられるのって、一夏先輩だけでしょ? 私だけじゃなく虚ちゃんの為にもこの案は良いと思うんだけどな~。それに、虚ちゃんと一夏先輩って、結構お似合いだと思うわよ」
「お嬢様の方こそ、本気で織斑先生の事が好きなのですよね?」
「う、うん……」
「そこで照れないでください」
虚としてはからかうつもりではなく、確認のつもりだったのだが、楯無が思いの外本気で照れ始めたので、少し戸惑いを覚えた。
「一夏先輩を更識に招き入れる計画は、ゆっくりと進めるとして、今は一夏先輩と情報を共有していざという時慌てないようにしておかないといけないのよ」
「それらしいことを言ってごまかそうとしていますが、結局はお嬢様が織斑先生に会いたいだけなんですよね?」
「そそそ、そんな事ないわよ?」
「しどろもどろに答えても誤魔化せませんからね?」
「だって~! あれこれ問題があって、一人じゃ抱えきれないんだもん」
「だからと言って、織斑先生を巻き込むのはどうなのでしょうか。確かに織斑先生に関係する事もありますが、大半は関係ない問題ですよね?」
「先輩が私を当主にしてくれたんだから、更識内の問題も、一夏先輩にとって無関係じゃないはずよ」
「どんな超理論を展開してるんだ、お前は」
「い、一夏先輩っ!? 何時から聞いてたんですか?」
突如現れた一夏に、楯無と虚は本気で驚いた表情を見せる。暗部の人間として、常に周りに気を配っているつもりだったのだが、一夏の気配を一切掴むことが出来ていなかったのだから、本気で驚いても仕方ないだろう。
「最初からに決まってるだろ。だいたい、人の生活空間周辺に誰か近づいてきたら、警戒するのが普通だろうが」
「普通の人間はまず、人の気配を掴むことが難しいと思いますけどね」
「それで、刀奈が俺に相談したい事と言うのは?」
「一夏先輩のお陰で、本音を巻き込むことは出来ましたけど、そこからどうすればいいのか相談に」
「さっき虚が言ってた冗談ではないが、本気で俺を当主相談役にでもするつもりなのか?」
めんどくさそうに頭を掻きながら、一夏は二人を部屋に招き入れる。いくら人が近づかない場所とは言え、外で出来る話ではないからだ。
「ところで一夏先輩。何時から虚ちゃんの事を名前で呼ぶようになったんですか? 前は『布仏姉』って呼んでた気がしますけど」
「何だいきなり。この間虚に頼まれて、周りに人がいない時にはそう呼ぶようにしただけだ。だいたい、お前の事だって、人前では『更識姉』と呼ぶのと変わらんだろが」
「私は良いんです! 子供の頃から面識がありますし、日本代表候補生の時の指導係だったんですから」
「高校生は子供だろうが」
一夏のツッコミは、あまり意味をなさなかった。一夏も本気で楯無を黙らせるつもりは無いので、お茶の用意をして二人の前に差し出した。
「それで、妹を抱き込んだ後、何かあったのか?」
「今の所は何も。本音も簪お嬢様に対して、怪しい行動はとっていませんので」
「さすがに弁えているんだろうな。お前たちが、簪には知られたくないと思っているのは、本音にも伝わっているんだろ?」
「私たちが何か言う前に、本音は理解してましたけどね」
巻き込んだ時の事を思い出して、楯無は苦笑いを浮かべるのだった。
一夏ならどんな役職でもこなせそうだなぁ……