夏休みも終わり、いよいよ二学期がスタートするという日、千冬と箒はいつも通り朝から身体を動かしていた。
「休みボケしてる弾からメールが着たんだが」
「ほぅ、あの阿呆は何て言ってきたんだ?」
「宿題が終わってないからどうすればいいか、という相談メールだ」
「自業自得だと返してやれ」
「既にそう返信している」
自分たちは簪の手を借りて終わらせたという事実に蓋をして、宿題を終わらせていない弾の事をバカにしていると、背後に気配が一つ生まれた。
「「誰だっ!」」
「楽しそうにお話ししてるところ悪いけど、そろそろ急がないと遅刻しちゃうわよ? 確か、貴女たちのクラスの担任は織斑先生だった気がするけど」
「「何っ?」」
見ず知らずの女子からそう言われ、二人は慌てて時計に視線を向ける。すると時刻は既にHR三分前という、かなり絶望的な時間だった。
「私たちも休みボケしていたという事か……」
「今からシャワーを浴び、着替えて朝食を済ませてとなると、確実に遅刻だな……」
「とりあえず急ぐぞ! 忠告――あれ?」
「どうかしたのか?」
「いや、さっきの女子が消えた……」
更衣室内に気配がない事は千冬も掴んでいたので、箒の表現を大袈裟だとは思わなかった。だがそれを気にしてる余裕がないので、ひとまずその事は忘れて急いで着替えて教室まで早足で向かう事にした。
「ま、間に合ったか?」
「遅刻だ、馬鹿者共が。さて、遅刻理由を聞こうじゃないか」
「一夏兄……」
「学校では織斑先生だ」
遅刻の制裁前に叩かれた千冬は、やはり自分たちも休みボケしてるのだなと自覚し、正直に理由を告げた。
「時間の概念を忘れて身体を動かしていたら、絶望的な時間になってしまっていました」
「何時までも夏休み気分では困る。織斑、篠ノ之両名は、放課後校舎内の掃除だ」
「「はい……」」
「分かったらさっさと席に着け」
「「分かりました……」」
トボトボと席へ向かう二人に、何本か同情的な視線が向けられたが、それに応える余裕は無かった。
「さて、新学期という事で今日は全校集会が行われる。この後体育館に移動し諸注意などを受け、今日の所は終わりとなるので、速やかに移動するように」
それだけ言って、一夏は教室から出ていき、それを追いかけるように真耶が教室から出ていった。
「新学期早々災難だったね~」
「本音か……」
「そう言えば、さっきの女子……」
「どうかしたの~?」
本音の顔を見て何かを呟いた箒に、本音が首を傾げながら尋ねる。
「いや……どことなく簪に似ていたような気がしないでもないんだが……」
「そう言われれば確かに……どこかで見た事あるような気がしたが、簪に似てたという事は、あの人がうわさの簪のお姉さんか?」
「二人とも、楯無様に会ったの?」
「たぶんとしか言えないが、今朝私たちが遅刻しそうだと忠告してくれたんだ」
「その甲斐虚しく、私たちは遅刻してしまったがな……」
「走れれば間に合ったかもしれないが、廊下を走ったと一夏さんにバレたら、罰掃除以上の罰則が科せられそうだったからな」
「楯無様の画像なら、検索すれば出てくると思うよ~。というか、早く体育館に移動しないと、また織斑せんせ~に怒られちゃうよ」
本音の言葉に、千冬と箒が迅速に立ち上がり廊下に並んだ。それを見ていた本音は、呆気にとられたように二人を見詰めていたが、自分も移動しなければ怒られるという事を思い出し廊下に向かった。
「それにしても、二人も休みボケしてたんだね~。私もかんちゃんに起こされた時は、何でこんな時間にって思ったんだけど、今日から学校だったんだよね~」
「私たちは新学期だという事は覚えていたんだが、時間の概念を失念していてな……」
「昨日までと同じ訓練をしていた所為で、HRの事をすっかり忘れていたんだ」
「織斑せんせ~が担任なのに、度胸あるよね~」
「明日からは気を付けるさ……」
自分たちが弾の事を笑えない状況に陥ったと自覚しているので、千冬の返しにも覇気は無かった。
「というか本音、お前は生徒会役員だから、壇上に上がるんじゃないのか?」
「今日は楯無様もおね~ちゃんも学校にいるから、私が上がる必要は無いのだ~」
「その二人と言えば、殆ど学校にいないにも拘わらず、学年トップの成績を収めていると聞くな。どれだけ凄い頭脳を持っているのだろうか」
「おね~ちゃんも楯無様も、普通に勉強してるだけだって言うけど、私からすればその普通が難しいんだよね~」
「まずお前は、その普通にすら到達してないんじゃないか?」
「おりむ~やシノノンに言われたくないよ~」
三人の座学の成績は、比べるのも情けないくらいの酷さなので、ここで千冬と箒が反論する事は無かった。
「とりあえず、体育館に行こう~!」
「そうだな。セシリア、頼む」
「お三方がお喋りを止めてくだされば、すぐにでも行けますわよ」
クラス代表のセシリアが責めるような視線を三人に向けると、三人はバツが悪そうに視線を逸らしたのだった。
ニアミスは何度かありましたが、これからは本格的に絡ませられる