一夏の登場で教室が騒がしくなりかけたが、先に千冬と箒が叩かれたのを見たお陰か、さほど騒がしくならずに自己紹介が開始された。
「次、織斑さん、お願いします」
先ほど千冬と箒に睨まれて泣きそうだった真耶も、漸く落ち着きを取り戻したのか教師らしく自己紹介の進行を務めていた。
「織斑千冬。趣味特技は剣道と剣術。ISに関しては素人同然なので、あまり一夏兄と比べないでほしい」
優秀な兄を持つ妹のコンプレックスではないが、千冬は一夏と比べられることを嫌う。自分が誘拐などされていなければ、三連覇確実と言われていた兄を引退に追い込んだ引け目ではないかとも言われているが、その実は本人にしか分からない。
「えっと……次、篠ノ之さんお願いします」
「篠ノ之箒だ。千冬同様、趣味特技は剣道と剣術。ISに関しては素人同然だ。篠ノ之束の妹ではあるが、私は私だ。比べられても困る」
「………」
千冬、箒と連続で反応に困る自己紹介をされた所為か、真耶は泣きそうな顔で一夏に助けを求めたが、一夏は瞼を閉じたまま真耶の顔を見ようとはしなかった。
「うぅ……次、セシリア・オルコットさん、お願いします」
一夏が助けてくれないと分かると、真耶は泣きそうな顔をしたまま進行を再開した。
「イギリス代表候補生のセシリア・オルコットですわ! この私と同じクラスになれたことを光栄に思いながら過ごすと良いですわ!」
まるで高笑いが聞こえてきそうなくらいの高圧的な自己紹介に、クラス中が呆気にとられる。
「なぁ、箒」
「何だ?」
「代表候補生って偉いのか?」
「私が知るわけないだろ」
このクラスの中で二人だけが、セシリアの立場が良く分かっていないようで、一夏の目の前だというのに私語を始めた。
「誰が発言を許した?」
「「ひっ! 一夏兄(さん)……」」
「学校では織斑先生だ。それからオルコット」
「はいですわ!」
「あまり自分は偉いと勘違いしない事だな」
千冬と箒を出席簿で叩きながらセシリアを注意して、一夏は再び椅子に腰を下ろし瞼を閉じる。
「えっと……それじゃあ、続きをしましょうか」
クラス中が静かになったのを受けて、真耶が何とか再開を試みたが、険悪なムードは続いた。だがこれ以上停滞するとクラス中が一夏の粛正対象になるかもしれないと考えた生徒たちは、その後滞りなく自己紹介を済ませたのだった。
「で、では……これでHRを終了します。この後は自由に学園内を見学出来ますので、皆さんお楽しみに」
何が楽しめるのかさっぱり分からないが、真耶は無理矢理明るく振る舞って教室から出ていき、一夏もそれに続くように教室からいなくなった。一夏が教室のドアを閉めると、クラス全員が張っていた緊張の糸が緩み、全員同時にホッと息を吐いた。
「相変わらず一夏さんの威圧感はすさまじいものがあるな」
「怒らせなければ普通に優しい兄さんなんだが、他人にも自分にも厳しい人だからな……」
「見学か……一緒に行くか?」
「そうするか。他に知り合いもいないしな」
ゆっくりと腰を上げ、二人で教室から出ていこうとすると、背後から声を掛けられた。
「ちょっとよろしくて?」
「? あぁ、さっきの代表なんちゃら生の……」
「代表候補生ですわ! 貴女方、本当にあの『織斑一夏』と『篠ノ之束』の妹なのですの?」
「自己紹介で言ったように、一夏兄や束さんと比べないでもらいたい。私たちは特別な知識もない、特別な力もない一生徒に過ぎないのだからな」
「あんまり悪目立ちすると、後で困るんじゃないか?」
千冬と箒の指摘に、セシリアは顔を真っ赤にしてこの場から去っていく。どうやら、自分が優れていると思い込んで、他人を見下す癖があるようだと二人は内心そんなことを考えていた。
「さて、見学と言っても、何を見れば良いんだ?」
「とりあえずアリーナとか、整備室とかじゃないのか? 午後からは普通に授業のようだし、少しでもISに関しての知識を仕入れておかなければ」
「しかし、よく私もお前も合格出来たものだな」
「兄と姉が偉大だから、私たちも何かしらの才能があると思われてるんじゃないか?」
「あんまり兄や姉と比べられたく無いんだがな……」
千冬と箒の仲がいい一番の要因は、偉大過ぎる兄や姉と比べられる事を嫌っている事から来る仲間意識なのではないかと、中学時代の友人に指摘された事があり、二人もそれはあり得るかもしれないと思っていた。
「とにかく、一夏兄や束さんの恥とならない程度に頑張るとするか」
「私はまだいいが、千冬の場合最悪、一夏さんの功績に泥を塗る可能性もあるしな……」
「それは言うな……自分でも考えないようにしてたんだから……」
大天災・篠ノ之束の妹という肩書より、織斑一夏の妹という肩書の方がはるかに重いと、千冬は感じていたのだった。
さて、どうやってセシリアを改心させるか……