部屋で作業していた一夏の許に、楯無と虚がやってきた。一夏を驚かそうとしたのか、気配を殺してひっそりと部屋に近づいてきたのだが、一夏にはバレバレで逆に驚かされてしまったのだった。
「もう、いきなりドアを開けるなんて、一夏先輩は意地悪ですね」
「不審者よろしく足音を立てずに部屋に近づいてきたお前たちに言われたくはないがな」
「だから言ったじゃないですか、織斑先生相手にお嬢様レベルの気配遮断では意味がないと」
「虚ちゃんだって一緒にやったんだから同罪でしょ」
「それで、何か分かったから来たんだろ?」
楯無と虚にお茶を出しながら、一夏は険しい表情で二人に尋ねた。
「虚ちゃんのご両親に調べてもらったんですけど、更識家の実に半分以上が今回の件に関わっている可能性が高いらしいです」
「半分以上か……よほどお前の事が気に入らないようだな」
「まぁ、お嬢様は一見するだけでは怠けてるだけですからね」
「何よそれっ!? 私だってちゃんと頑張ってるじゃないのよ」
「ですから『一見するだけでは』と申しました。ちゃんとお嬢様の事を見ていれば分かることですが、一度『楯無様は怠け者』という先入観を持ってしまうと、それを覆すだけの力はお嬢様には無いと思われますので」
「そもそも、例の騒動で家から離れてしまってるから、そんな誤解をされているなんて気づかなかったもの……というか、こっちにいてもちゃんと更識の仕事はしてるんだけど」
「それに加えて、やはりお嬢様の年齢が関係しているのではないかと……」
「高校生だからなめられているのか……」
虚と一夏が沈鬱な表情で零した理由に、楯無は憤慨する。
「歳で当主の善し悪しを決めるんなら、最初から私を候補にあげさせなければ良かったじゃないのよ! だいたいね、お父さんを殺したかもしれないなら、私に当主を継がせないようにもっと更識内に悪評を広めておけば良かっただけでしょうが!」
「ここで怒っても仕方ないかと……」
「……そうね。一夏先輩も、いきなり大声を出してゴメンなさい」
「気にするな」
落ち込んでしまった楯無の頭を軽く撫でてから、一夏は再び難しい表情を浮かべる。
「更識家の半分が敵となると、お前らもやり難いんじゃないか?」
「裏切者を粛正するのも、更識の仕事ですから。お嬢様がやり難いと仰るのでしたら、私がやります」
「……いえ、これは当主である私の不手際だもの。けじめくらい自分で着けるわ」
「まぁ、手伝うくらいはしてやるさ。それで、やはり更識の資金が亡国機業に流れているという事で間違いないんだな?」
「そのようです……例の海外の議員も、亡国機業との繋がりが確認出来ました」
「そうか、面倒だな……」
資金源が特定出来ても、そこを潰す事が出来ないとなると、さすがの一夏も面倒だと感じても仕方がないだろう。楯無と虚も、一夏が面倒だという理由が理解出来るだけに、申し訳なさそうに頭を下げた。
「後は束の報告を待つだけだな」
「何かあるのですか?」
「これ以上に面倒な事になるかもしれない、という事だ」
「どういう意味でしょうか?」
楯無と虚が一夏の言葉の意味を尋ねるが、一夏はそれには答えず話題を逸らした。
「そろそろ夏休みも終わるが、お前らは二学期も授業に参加しないのか?」
「露骨な話題逸らしですね……とりあえずは学園にいるつもりですよ。というか、一学期だってちゃんと出席日数は足りてるんですから!」
「ギリギリだろ? 国家代表とはいえ、出席日数が足りないなら補習だからな」
「公欠なんですから、補習は勘弁してくださいよ」
「冗談だ……半分くらいはな」
「何ですかそれっ!? まぁ、二学期はちゃんと朝会とかで全校生徒に挨拶したり、千冬ちゃんたちにも接触しようかと思ってます」
「まだ会ってなかったのか? 簪とは仲がいいんだし、てっきりもう会っているのかと思っていたが」
「なかなか時間が合わないんですよ……それに、あんまり妹の友人関係に首を突っ込むのもどうかな~って」
「今更簪お嬢様の事を気遣った感じを繕っても、お嬢様はシスコンだと思われていると思いますよ」
虚の容赦のないツッコミに、楯無はその場に突っ伏して情けない声を出す。
「そこなのよね……一夏先輩、妹と上手く付き合っていく方法を教えてください」
「必要以上に干渉しなければいいだけじゃないか? というか、何で俺にそれを聞くんだ」
「だって、一夏先輩は千冬ちゃんに尊敬されてるじゃないですか」
「それは、織斑先生が尊敬出来る人物だからだと思いますよ」
「それって、私は尊敬出来ない人物だって言ってるわよねっ!?」
「さて、それはどうでしょう」
「虚ちゃんっ!」
楯無が虚を追いかけようと立ち上がると、虚もそれを感じ取って立ち上がり逃げ出す。二人の追いかけっこを見ながら、一夏は「やはりまだ子供だな」と二人に慈愛の目を向けていたのだった。
尊敬は出来ないかな……