なし崩しに更識家の疑惑を調べる手伝いをする事になった一夏は、とりあえず今出来る事を片付ける事に専念した。
「いっくん、人が良すぎないかい?」
「ギブアンドテイクが人間関係をうまく構築していくための必須条件だからな。お前のように、自分で何でも片付けようとするのはどうかと思うぞ」
「束さんだって、いっくんにお手伝いしてもらってるから問題ないよ~」
「お前は邪魔ばかりしてくるけどな」
いきなり現れた束に驚くことはせず、一夏は束が持ってきた資料から更に敵の情報が得られないか確認し、結局何もないと分かるとため息を吐いて束の方に視線を向けた。
「それで、今回は何の用で現れたんだ」
「いっくんがお手伝いする事になった……何だっけ?」
「更識家」
「そう、そのお皿」
「字が違うだろうが……」
「別に良いじゃないか! その家の資金が亡国機業に流れてる可能性があることが分かったから報告に来たんだよ」
「また盗聴してたな、お前」
楯無と会話をしていたのが、一時間前くらいなので、束がその情報を知っているはずがないのだ。一夏が指摘すると、束は悪びれた様子もなく満面の笑みで頷いた。
「いっくんの生活を覗き見るのが、束さんの生き甲斐だからね~。それに、こんな時間に女子高生を部屋に連れ込んでるなんて騒がれた時、いっくんの弁護に使えると思って」
「盗聴は著しく人権を侵害するから、証拠能力は皆無だ。例えお前が提出したからと言って、俺の無実を証明する証拠にはならん」
「めんどくさい決まりだよね~。このボイスレコーダには、いっくんと雌猫たちの会話がバッチリ録音されてるって言うのにさ」
「それで? 更識家と亡国機業の繋がりの証拠は? 持ってきたんだろ」
「ただでそれを見せるわけにはいかないよ~。さっきいっくんが言ってたように、人間社会はギブアンドテイクが基本なんだし」
「何が望みだ?」
「最近また、十秒チャージのゼリーばっかりだから、いっくんの愛情たっぷりのご飯が食べたいな~」
「サンドウィッチとかおにぎりとか、別の物を買えばいいだろうが……どうせコンビニなんだろ?」
束が開発した人型ロボットが買いに行っている店をコンビニと決めつけた一夏に、束は右手親指を突き立てて笑みを浮かべる。
「さすがいっくん! 束さんの行動はお見通しなんだね~。やっぱりこれは、束さんといっくんとで最強の子供を作るしか――」
「今すぐ肉塊に変えられたいのか、お前は」
「じょ、冗談だから……だからその笑顔は止めてくれると嬉しいかな~、なんて」
本気で怒ってる時に見せる笑顔を浮かべた一夏に、束はすぐさま冗談だと告げて許しを請う。長い付き合いだからこそ分かる一夏の本気度に、束も冗談というしかなくなったのだ。
「最近似たようなやり取りをした気がするが?」
「その資料の報酬の件だね~。まぁ、いっくんと子作りしたいと思ってるのは本当だけどね~。いっくんにその気がないから、実行に移せないけどさ」
「当たり前だ。俺はお前と結婚するつもりなど無いからな」
「別に結婚しなくても、子供だけ作っちゃえばいいじゃないか。今のご時世、愛のない結婚だって珍しくないんだしさ」
「他人に興味がないくせに、何処でそんな事調べてるんだお前は……」
「さて、冗談はさておくとして……これがいっくんが手足として使ってる小娘の実家から流れ出たお金の動きだよ。巧妙に隠してるけど、束さんにはこんな小細工通用しないよ~だ!」
「海外の政治家への不正献金を隠れ蓑にしているのか……だが、この政治家が亡国機業と無関係だとも思えないが」
「その辺りのつながりは、また調べておくから」
「悪いな、何時も」
「束さんといっくんの仲じゃないか~。それに、いっくんが平和に暮らせるように手伝う義務が、束さんにはあるからね」
急に真面目なトーンになった束に、一夏は怪訝そうな視線を向ける。そしておもむろに、束のおでこに手を押し当てる。
「な、何かないっくん?」
「お前、風邪でもひいてるのか? お前がそんな殊勝な事を言うとはな」
「束さんが風邪なんかひくわけないじゃないか」
「そうだな。バカは風邪ひかないって言うしな」
「束さんがバカなら、世界中の人間は能無しだね」
一夏の皮肉に、束は冗談で返す。このやり取りも知り合った頃から何百、何千回としてきた物なので、互いに互いの発言に対するツッコミはしない。
「束さんは結構本気でいっくんには申し訳ない事をしたと思ってるんだよ」
「ハイハイ、そういう事にしておいてやるよ。それで、何が食べたいんだ?」
「いっくんお手製のオムライスが食べたいな~」
「また珍しいものを……」
束のリクエストに応えるために、一夏は冷蔵庫から材料を取り出し、すぐさまオムライスを完成させたのだった。
確かに束がバカだと周りはどうなるんだろうか……あっ、束はある意味バカだった