代表合宿を終えて、本来なら実家でのんびりするような時間を設けるはずだが、実家に滞在したくないので楯無はすぐにIS学園に戻ってきた。
「虚ちゃん、私がいない間に何か分かった?」
「残念ながら……織斑先生が気に掛けていた事は、どちらもまだ」
「そう……ところで、本音に生徒会の仕事をさせるとか言ってたけど、ちゃんと出来たの?」
「そちらも……結局織斑先生に手伝っていただいて、漸く何とかなったといった感じです」
「やっぱりね……」
生徒会長の椅子に座ったまま寝ている本音を見て、楯無は苦笑いを浮かべながら手近な書類に手を伸ばしてため息を吐いた。
「まだこんなことを言ってくる国があるのね……」
「IS学園は何処の国にも属していないという前提を無視しての抗議ですからね。まともに相手をしなくていいと織斑先生が仰られておりました」
「その一夏先輩が原因の抗議なんだけどね……一夏先輩に指導してもらいたいって国は沢山あるわけだし」
「ですが、織斑先生が日本に加担しているなど、事実無根ですよね? あの方は一つの国に縛られるような人ではありませんし」
「そもそも一夏先輩は、日本って国を信用してないからね……千冬ちゃん誘拐事件の前からだけど、あの事件後は思いっきり政府相手に嫌悪感を示してるし」
一夏が何故そこまで国を嫌うのか、楯無は本当のところどうなのかは知らない。だが千冬の誘拐の件がその傾向に拍車をかけたという事は知っているので、彼女もまた日本という国を信用してはいなかった。
「そもそも各国の代表候補生をIS学園に通わせて、一夏先輩に指導してもらおうなんて考えが甘いのよね。あの人を独占出来る人がいるのなら、会ってみたいもの」
「お嬢様はだいぶ織斑先生の時間を貰っているように思えるのですが?」
「それだって、一人占めしてるわけじゃないでしょ? 忙しい中、一夏先輩が時間を割いてくれている事は否定しないけどさ……でも、私だって一夏先輩以外の大人を信じられないんだから、仕方ないじゃない? 虚ちゃんだって、あんまり大人を信用してないじゃないのよ」
「それはそうですが……お嬢様と同じ理由なんですから仕方ないじゃないですか」
「……私がもっと早く生まれてたら、あんなことにはならなかったのかな?」
「お嬢様がもっと立派なご当主様なら、今もあんなことで頭を悩ませずに済んだとは思っていますが、お嬢様の歳は関係ないと思います」
「私だってちゃんと当主やってるじゃないの!?」
虚の辛辣な言葉に、楯無は割と本気で驚く。確かに全てを完璧にこなしてるとは言えないと自分でも思っているが、それでも頑張っているのは確かなのだから、そこは認めてもらいたいという抗議だった。
「まぁ、お嬢様が思ってるちゃんとと、私が思っているちゃんとが違うという事にしておきましょうか」
「……最近虚ちゃんが意地悪になってきたと思うんだけど」
「そんなことありませんよ。私はご当主様には立派になっていただきたいと思っているだけです。その思いから多少厳しい言葉が出ているのかもしれませんが、それはひとえにご当主様の為を思っての事ですので」
「わざわざご当主様なんて言わなくても良いじゃないのよ! 何時も通りで良いわよ」
「ではお嬢様。お戻りになられてさっそくですが、こちらの書類に目を通していただきたいのですが」
「えっ……私、さっきロシアから戻ってきたばっかで、ちょっと疲れてるから明日に――」
「早急に会長の許可が必要な案件ですので、今日中に処理をお願い致します」
「何で夏休み中にそんな案件があるのよ! というか、会長代理として虚ちゃんが処理してくれたって良かったじゃないのよ!」
やっぱり自分を虐めて楽しんでいるのだと、楯無は割かし本気でそう思いこみ虚に恨みがましい視線を向けた。
「お嬢様が忙しくしていれば、あの可能性に頭を悩ませる暇は無くなると思いまして」
「あの可能性って……お父さんは病死じゃなくて、誰かに殺されたかもしれないって事?」
「はい……さすがに簪お嬢様には言えませんが、何時までも隠し通せるわけでもありませんので。お嬢様も早急に調べたいと思っているでしょうが、この件は慎重に慎重を重ねるべきですし、私の両親に任せておくしか出来ませんから」
「虚ちゃんたちのご両親には大変な事をお願いしてるって自覚してるからこそ、私が自分で――」
「なりません! お嬢様、どうかご自身で動こうなどという考えは止めてください。お嬢様の身にまで何か起これば、私たちはどうすればいいのか分からなくなりますので……」
「虚ちゃん……」
泣きそうな顔で訴えてくる虚に白旗を揚げ、楯無は書類に目を通し始める。だが二人は失念していた。この部屋にもう一人いたことを……
生徒会長と国家代表と暗部当主ですから、忙しいのは仕方ない