各国の候補生たちが国へ帰ってしまったので、千冬と箒は二人で訓練していた。
「お前の動きを捉えるのはそんなに難しくなくなってきたな」
「それはそうだろうな。私はまだ、瞬間加速を使ってないんだから」
「そういえばそうだな……何で使わないんだ?」
「まだ完全に会得出来ていないからだ。お前の訓練中にそんなものを使って、事故でも起こしたら一夏さんに怒られるからな」
「お前が壁にぶつかって怪我をしたくらいで、一夏兄が怒るとは思えないが」
「学園施設を壊したら怒られるだろうが」
自分が怪我したことについては何とも思わないだろうと箒も思っているので、千冬の指摘に関してはサラっと流し、失念している部分を指摘する。
「そんなに勢いよくぶつかるつもりなのか?」
「あれを完璧に制御しようとなると、かなり難しいんだぞ? お前だって分かってるだろ」
「私はあんまり使う機会が無いだろうから、それほど気にした事は無かったな……だがお前の場合、切り札となる零落白夜でSEを無駄にしないためにも、瞬間加速の会得は必要不可欠だろうが。私の訓練は終わりで良いから、さっさと会得しろ」
「簡単に言ってくれるな……」
千冬なりのエールだと分かっているので、箒は苦笑いを浮かべるだけに留め、彼女の期待に応えるために瞬間加速の練習を行う事にした。
「っ!」
Gに耐えながら瞬間加速で移動していると、何故か千冬が箒の動きをじっと見てため息を吐いている事に気が付き、何故ため息を吐いていたのかが気になり練習を中止した。
「どうした? もう会得したのか?」
「いや、そうじゃないが……何でお前がため息を吐いていたのかが気になってな」
「別に大したことじゃない。お前が高速で動いているのに、その肉塊が揺れをはっきりと認識できる自分に呆れてるだけだからな」
「ど、何処を見ているっ! というか、肉塊と言うのは止めろ! そもそもお前だって小さくはないだろうが!」
「まぁ、平均以上はあると自負しているが、お前のように無駄に成長した肉塊を持つ女の隣にいると、目立つものも目立たないんだ」
「だったら束さんが大きくしてあげるよ~。この薬を服用して、誰かに揉んでもらえば――」
「ね、姉さんっ!?」
突如現れた束に、箒は驚きの声を上げ、千冬は咄嗟に束から距離を取って臨戦態勢を取った。
「随分と警戒されちゃってるね~。まぁ、おっぱいの話は兎も角として、二人にちょっとお願いがあるんだよね」
「何ですか? 新薬の研究の為の被験者になれ、とかは勘弁してくださいよ」
「そんなに危ない事じゃないよ~。ちょっといっくんから匿ってくれればそれで」
「「もっと危ないじゃないですか!」」
二人にとって、束の実験に付き合うよりも、一夏から束を匿う方が危険度が高いのだ。昔それを知らずに束を匿った所為で、一夏にこっ酷く怒られた事があるので、それ以降束を匿おうとしたことはない。
「今回は何をしでかしたんですか?」
「酷いな~箒ちゃんは。束さんが悪いみたいに決めつけて~」
「違うんですか?」
「束さんはただ、いっくんに女性に対する興味を持ってもらおうとしただけなのに~」
「十分に余計な事だと思いますが……それで、一夏さんに興味を持たせようと、何をしたんですか?」
「完全無修正の、束さんの全裸写真集を――」
「姉さんが悪いですね」
「百対ゼロで束さんが悪いです」
「何でさ~!」
二人なら助けてくれると思っていた束は、自分が悪いと断言した二人に涙目で抗議する。まだ自分が悪いと思っていないのかと、二人は顔を見合わせて盛大にため息を吐いた。
「そもそも一夏さんだってそれなりに女性に興味はあるでしょうが。それを姉さんが余計な事をしてるせいで、お付き合いする暇がないだけだと思いますが」
「それって私が悪いわけ~? いっくんが忙しいのは、束さんだけの所為じゃないと思うんだけど」
「そもそも束さんがISなんて作らなかったら、もう少し一夏兄だって落ち着いた生活を送れたはずなんですけどね?」
「ん~、それはどうかな~? いっくんはIS以外でも優秀だから、別の事で忙しくなってたと思うよ~?」
「それはそうかもしれないが、今回は完全にお前のせいだろうが」
「げっ、いっくん!?」
二人と馬鹿話をしていた所為で、束は一夏の事をすっかり忘れていた。いや、正確に言えば忘れてはいないのだが、自分が追われていたことを忘れていたのだ。
「お慈悲を! 束さんはいっくんの為を思って――」
「余計なお世話だ! だいたい、このクソ忙しい時に、お前の汚い裸なんぞ見たくないわ!」
「き、汚くないよ~!」
一夏に引きずられていく束を見送って、千冬と箒は今は一夏の邪魔をしないようにしようと心に決め、訓練を再開したのだった。
うん、束が悪い……