本家に顔を出さなければいけない状況になり、楯無は憂鬱な面持ちで迎えの車に乗っていた。楯無が顔を出さなければいけないという事は、直属の従者であるところの虚もまた、本家へ向かわなければいけないのだった。
「こういう時、簪ちゃんや本音が羨ましく感じるわよ」
「仕方ないじゃないですか。更識家当主として、IS学園からの要請を受けたんですから」
「略式で良いじゃないの。どうしてこんな大々的にやらなければいけないのよ」
「更識家といえ、一枚岩ではないのですから……お嬢様のやる事なす事に文句をつけたがる人間がいる事もまた事実です。ですが、大々的にやってしまえば、堂々と陰口を叩けなくなるんです」
「まぁ、仮にも当主が決めて正式に号令を出せば、陰口を叩き難くなるのかもしれないけどさ……どうせ裏では言いたい放題言ってるんだから、好きにさせれば良いじゃないの」
「あまり反お嬢様一派に勢い付かれては困るのではありませんか? 先代が亡くなられてから、お嬢様には従いたくないという人間が増えているんですし」
「そうなのよね……そんなに従いたくなければ勝手に出ていけばいいものを……もちろん、情報を持ち出そうとすれば粛正するけど」
「それを恐れているのではありませんか? それに、更識から独立しても、仕事があるとは思えませんし」
「更識の名前が持つブランド力は捨てられないって事? それだったら大人しく私に従っていればいいじゃないのよ」
「汚い大人たちが考える事など、私たちには理解出来ませんよ」
「そうなのよね……」
ここには虚と運転手の二人しかいないので、楯無も安心して愚痴を零している。これが敵派閥が寄越した運転手なら警戒もするが、この車は布仏家の人間が寄越した車なので、運転手も楯無派の人間なので彼女たちの愚痴を黙って聞いているのだった。
「わざわざ織斑先生がこんな茶番に付き合ってくださるんですから、お嬢様もしっかりとご当主様の務めを果たしてくださいね」
「ホント茶番よね……実際はIS学園の一部にナターシャさんを匿ってるんだから」
「織斑先生も、私たちの事は信頼してくださっていますが『更識家』を信用しているかと問われれば、恐らくは首を横に振るでしょうし」
「情けない話よね……先代までなら、こんなことは無かったのに……」
「お嬢様がもう少し立派に仕事をこなしてくださえすれば、このような事にはならなかったのではありませんか?」
「無理な事言わないでよ! そもそも、私が未成年だからって難癖付けて仕事をさせなかったのはアイツらなのに! それで先代が――お父さんが倒れたからって私に全部押し付けて来たのよ? 出来るわけ無いじゃないの」
「……それは私も理解しています。お嬢様に何もさせてこなかったのは彼らです。そして、お嬢様を無能と罵って自分たちが実権を握ろうとしているのも知っています。ですがそれでも、お嬢様にはしっかりと当主としての務めを果たしてもらわなければいけないのです」
「分かってるわよ。更識家を駄目にしないためにも、この茶番は必要なのよね」
楯無が力ない笑みを浮かべると、虚も似たような笑みを浮かべて頷く。
「お嬢様だけなら兎も角、織斑先生まで巻き込んでの茶番なら、反お嬢様一派の連中も手出しは出来ないでしょうし」
「情けない話よね……結局ウチのごたごたに一夏先輩を巻き込んでるだけなんだから……しかも一夏先輩の武勇伝を聞きたいからって、わざわざ開始を遅い時間にして」
「上手く織斑先生を自分たちに巻き込もうとでも考えているのではありませんか?」
「一夏先輩を抱え込もうなんて、おこがましいにも程があるわよ……あの人を抱え込める人間なんて存在しないのに」
「味方になっていただければ頼もしいでしょうが、悪だくみに手を貸すような人ではありませんからね」
「一夏先輩がそんな人だったら、世界はとっくに篠ノ之束が支配していたでしょうね」
「智の篠ノ之束に武の織斑一夏が手を組んだら、誰も対抗しようがありませんしね……」
「まぁ、逆でも無理だけどね」
楯無は、束がかなりの武力を持っている事も、一夏の知力が束に負けていないことも知っている。だからこその発言で、当然虚もその事は知っているので何も言わなかった。
「お嬢様、そろそろ屋敷に到着しますので、愚痴はここまでということで」
「あーあ。こんなことなら、もっと派手に愚痴を言えば良かったわ……不完全燃焼で気分が悪いもの」
「明日の朝早くには出られるんですから、数時間程度は我慢してください」
「何で実家に帰るだけでこんな思いをしなきゃいけないだろう……簪ちゃんが部屋に引き篭もってた理由も納得だわね」
「簪お嬢様も、家の人間には会いたがらなかったですからね」
本音が側にいたから簪がひねくれなかったのだろうと、楯無も虚も分かっているので、その事だけは本音の事を認めているのだった。
女子高生の会話じゃなかったな……