風呂場で散々一夏にちょっかいを出そうとして、その都度怒られた束だったが、一切めげる事無く一夏の部屋に布団を敷いて一夏に手招きをする。
「ほらほらいっくん、束さんと一緒に寝ようじゃないか!」
「まだ今日中に片付けなければいけない仕事が残ってるんだ。お前の相手をしてる暇は無い、と言ったはずだが」
「いっくんなら十分もあれば終わるでしょ? その間に束さんが布団を温めておいてあげるからさ~」
「夏場の布団を温める阿呆があるか」
束の相手をしながら、一夏は着々と仕事を終わらせていく。束が言うように、この程度の量なら、一夏の作業速度ならば十分もあれば終わるのだ。
「いっくんが忙しい原因は、やっぱりアメリカの騒ぎなのかな~?」
「それもあるが、どっかの自称天才が迷惑な発明品を盗まれた所為でもあるな」
「何処の誰だろうね~」
まったく悪びれた様子のない束の態度に、一夏は何度目だか分からないため息を吐いた。
「お前がしっかりと管理していれば、今回の事件はもっと簡単に解決したはずなんだがな」
「他人を認知出来ない束さんにとって、誰かが忍び込んでも分からないんだよね~。石ころに警報装置も作動しないだろうし」
「普通の警報装置は、他人を認識するはずだが」
「束さん特性の警報装置だから、反応するのは身内だけだよ~」
「そんな警報装置に何の意味があるんだよ」
「言われてみれば確かにそうだね~。束さんのラボを訪れる身内なんて、いっくんしかいないもんね~。よし、帰ったらすぐに改良を始めよう」
「今すぐ帰れ」
「またまた~。いっくんはツンデレさんなんだから~」
片付け終えた書類を纏め、一夏は束に近づく。はじめはニコニコと笑みを浮かべていた束だったが、次第に一夏の殺気に気付き顔を引きつらせる。
「な、何でいっくんはそんなに怒ってるのかな? 束さん、何もしてないと思うんだけど」
「お前がここにいる時点で、俺の機嫌が悪くなることくらい分かりそうだが」
「わ、分かった。大人しく寝るから、いっくんも早く布団に入ってよ」
「まぁこっちから出した報酬だから、致し方ないが、変な動きをした時点で、お前の命は無いと思え」
「束さんを仕留められると思ってるのかな~?」
「その距離なら、絶対に外すことも無いだろう」
「はっ!? まさか、束さんの息の根を止める為にこのご褒美をっ!?」
一夏がそんなことを考えるはずがないと分かってはいるのだが、束はとりあえず驚いてみせておかなければといった感じで驚く。その演技が一夏には面白かったのか、彼にしては珍しく声を出して笑い出した。
「いっくんがそこまで笑うなんて、束さんビックリだよ」
「いや、その手があったかと思ってな」
「えっ、そっちで笑ってたの!?」
「まぁいい。さっさとお前の相手を済ませておかないと、後々邪魔になるだろうからな」
「相変わらず酷い言い草だよね……束さんじゃなかったら本気にして寝込んじゃうよ?」
「こんな事お前にしか言わないから大丈夫だ」
「つまり、いっくんの中で束さんは特別な存在なんだね」
「何でそんな結論に至ったのか気にはなるが、お前の超理論を聞いたところで理解に苦しむだけだからな」
束の隣に腰を下ろして、一夏はお茶を啜る。
「あっ、束さんにも頂戴」
「先に言え」
束の分の湯呑を用意してお茶を淹れる。その間束は大人しく座っていた。
「お前にしては珍しいな」
「どういうこと?」
「お前の事だから、こっちで用意してる隙に、俺のお茶を飲むくらいの事はするかと思ってたぞ」
「……はっ!? せっかくのいっくんとの間接チューのチャンスが!?」
「お前、さっきから変だ――いや、元々か」
「いっくん、今日はかなり容赦がないように感じるんだけど?」
「それだけ余裕がないって事だろ。お前のポンコツ発明品の所為で、これだけ手間取ってるんだからな」
「ポンコツは酷いってばー! まぁ、そんなに長続きしないはずだし、研究データは全て束さんの頭の中だから、泥棒が自力で開発しようとしても不可能だろうし、それほど心配する事はないんじゃないかな~」
「そうだと良いんだがな……お前は、大事なところで必ずミスするから、こっちとしては不安で仕方ないんだ」
「大丈夫だって、たぶん……ところでいっくん。今年は箒ちゃんの神楽を見に行くの?」
「いきなりだな……小母さんから誘われてるから、時間があれば行くつもりだが」
「それじゃあ、束さんも衛星を駆使して箒ちゃんの神楽を見学させてもらおうかな」
「本来なら、お前が舞うべきなのではないか?」
「あんな動きにくい装束、束さんには必要無いのだよ」
束の舞を見たいわけでもないので、一夏はそれ以上何も言わずに、ただただお茶を飲んで誤魔化そうとしたのだが、束が思い出してしまったので、仕方なく同じ布団で寝たのだった。
なんだかんだで仲がいいのは千冬と束という原作と同じです