朝食を済ませ、朝から宿題と向き合っていた千冬たちは、家に誰かが近づいてくることに気が付き、顔を上げて外を睨む。
「どうしたの?」
「いや、誰かがこの家に近づいてきている」
「気のせいじゃないの?」
「……いや、間違いなくこの家に近づいてきている。誰だ?」
「一夏さんじゃないの?」
「一夏兄はまだ仕事があるからと言って、当分は帰ってこないと言っていたから違うだろう。というか、一夏兄の気配なら私が間違えるわけ無いだろ」
胸を張って答える千冬に、鈴が呆れた視線を向けながら頷く。確かに重度のブラコンである千冬が、一夏の気配を間違えるなどありえないかと思ったのだろう。
「だが一夏さんじゃないとすれば、いったい誰なんだ?」
「分からないから警戒してるんだろうが」
「またマスコミ連中じゃないでしょうね? あんな騒動に巻き込まれるのはもう御免だからね」
「私だって遠慮したいんだ。というか、私たちが実家に戻ってきている事をマスコミ連中が知っているとは思えないんだが」
首を傾げる三人を他所に、気配は徐々に近づいてきて、ついに家の前で止まった。
「気になるなら見てくればいいじゃん」
「あっ、おい!」
特に警戒した様子もなく玄関に向かうシャルロットを、千冬が慌てて追いかける。敵意は感じないが、それで安心出来るほど千冬は人を信じていないのだ。
「あれ、本音じゃない?」
「何っ? 本当だ……何故この家を知っている。というか、何の用でここに来たんだ?」
「織斑家はある意味で聖地になってるから、ちょっと調べれば分かるよ。実際、ボクだって調べてきたわけだし」
「あぁ、そういえばそうだったな……」
シャルロットに言われて思い出したのか、千冬はため息を吐いてから玄関の扉を開いて本音を招き入れる。
「やっほーおりむ~。遊びに来たよ~」
「来るなら先に連絡してもらいたかったがな……何者かと警戒してしまったではないか」
「まぁまぁ、細かい事は気にしないの~。これ、今巷で話題のプリンだよ~」
「それで、本音が何の用でウチに来たんだ?」
遊びに来た、という本音の言葉を完全に無視して、千冬は厳しい顔で本音を見詰める。千冬の視線を受けても、本音ののほほんとした空気は変わらなかった。
「織斑先生から、ちゃんと宿題をしてるのか見てこいって言われてね~。ついでに私も宿題を終わらせて来いって怒られちゃってさ~。ちなみに、プリンは織斑先生の奢りだよ~」
「なるほど、一夏兄から様子を見てこいって言われたのか……どれだけ信用されてないんだ、私たちは」
「まぁ仕方ないよね~。お兄さんである織斑先生はあんなにも優秀なのに、おりむ~ときたら」
「お前にだけは言われたくないぞ」
本音の毒にも取り合わず、千冬は本音から受け取ったプリンを冷蔵庫にしまって勉強を再開する。
「本音も宿題を片付けに来たんでしょ? ほら、さっさとノートを出して」
「本当に勉強するの~? 面倒だな~」
「夏休みの間に終わらなかったなんて一夏兄に知られたら、何をされるか分かったもんじゃないぞ」
「怒られるのは嫌だな~。仕方ない、さっさと終わらせてのんびりと夏休みを過ごすとしようか」
そう言って本音はノートを広げて、暫く睨んでからため息を吐いた。
「駄目だ、全然分からない」
「それで良く補習を回避出来たな」
「これもかんちゃんが一生懸命教えてくれたお陰だよ~」
「簪はお前の主なんだよな?」
「そうだよ~。自慢の主様なのだ~!」
胸を張って言い放つ本音に、四人は呆れた視線を向ける。何故主である簪が、従者の本音の事で頑張らなければいけないのかと思ったのと、いっそのこと馘にしてはどうかと思ったのだった。
「ところで、本音が増えたことで、昼食の材料が足りなくなってしまったのだが」
「だいじょ~ぶ! 私はお菓子を持ってきたから」
「偏食は体調を崩すぞ」
「別に食材は他にもあるんだし、また買い出しに行けばいいだけでしょ」
「そもそも本音は何時までいるつもりなんだ?」
「少なくとも、宿題が終わらないと帰れないかな~。後で織斑先生がチェックするって言ってたし」
「あぁ、それは無理だな」
一夏の目を誤魔化せるわけないと納得してしまった箒は、とりあえず本音の分の食材を割り振って鈴に買い出しメモを渡す。
「後でそれだけ買い足してきてくれ」
「またあたしが行くの? 本音に行かせればいいじゃないの」
「土地勘がないやつに買い物に行かせてもな」
「そういえばそうだったわね……というか、何でこののほほんとしたやつが、テストであたしたちより良い点を取ってたのかが不思議だったけど、簪の努力の結果だったのね」
自分の勉強もあっただろうにと、鈴はこの場にいない簪に同情して、それと同時に自分ももっとお世話になってれば良い点が取れたのだろうかと軽く後悔したのだった。
一緒に騒ぎそうなんだが……