千冬が作った夕飯を食べ終えて、誰が最初に風呂に入るかで揉めていた。
「ここは家主である私からだろ」
「家主は一夏さんだろうが。というか、お前は片づけがあるんだから一番最後で良いだろ」
「何で最後なんだ! というか、片付けは全員でやるんだろ」
揉めているのは主に千冬と箒で、鈴とシャルロットは食後のお茶を啜りながら、二人のやり取りを眺めていた。
「順番なんて別にいいじゃんね」
「ボクは最後でも良いけど、何で千冬は最後が嫌だって言ってるのかな」
「掃除が面倒だからじゃないの?」
「掃除? 最後の人が掃除するの?」
「お風呂のお湯を洗濯に使わないのなら、お湯を張ったままにする意味がないからね」
「そんなものなの?」
「シャルロットはあんまりお風呂に馴染みがないから分からないか」
「寮の大浴場では、そんなこと気にした事ないもん」
元々あまり風呂に縁がなかったシャルロットからすれば当然の考えなのだが、幼少期から日本文化に慣れ親しんできた鈴からすれば、シャルロットの考えは驚きの事だったのだ。
「まぁ、お客さんであるシャルロットに掃除をさせる事はないでしょうから、安心してみてなさい」
「うん……というか、ボクも泊まるんだし、何時までもお客さん扱いは止めてもらいたいかも」
「少なくとも宿題が終わるまでは無理だと思うわよ。あたしもだけど、あの二人もその辺りは律儀だから」
「自分で言っちゃうんだ……まぁ、一週間もあれば終わるよね」
「え? そんなに早く終わるものなの?」
シャルロットからすれば、さほど難しい宿題ではないので一週間もかからずに終わると思っているのだが、教えながらだとそれぐらいだと見込んでいた。だが鈴からすれば、そんなに早く終わるような量ではないので、シャルロットの発言に驚きの声を上げたのだ。
「だって、そんなに多いわけでもないし、難しくもないよね?」
「それはアンタが勉強出来るからそう思うだけで、あたしたちからすれば物凄く多いし、難しいんだけど」
「そうかな? まぁ、とりあえず出来るところまではやって、終わらなかったらその時に考えれば良いよ。一週間もすれば、ラウラやセシリアの用事も終わるだろうしね」
「アンタは家の用事とか無かったの?」
「ボクはあくまでも妾の子で、本家の用事には呼ばれないから」
「あっ……ゴメン」
「気にしなくて良いよ。ボクも気にしてないから」
うっかりしてしまった鈴は、本気で落ち込んでいるが、言われたシャルロットの方は笑顔で鈴を慰める。本人が気にしていないと言ってくれても、鈴はそう簡単に切り替える事が出来ずに、暫く落ち込んでいた。
「こうなったら、じゃんけんで決めるしかなさそうだな!」
「臨むところだ! シャルロット、鈴、お前たちも来い」
「えっ、何?」
すっかり存在を忘れていた二人に呼ばれ、シャルロットはそう尋ねた。
「風呂に入る順番だ。文句が出ないように、じゃんけんで決める事にした」
「あぁ、まだ決まってなかったのか」
時計を見れば、五分くらいは話し合ってたはずなのにまだ決まっていないことに、シャルロットは驚きを覚えたのだが、二人からすれば五分程度で決まる話し合いではないので、シャルロットが何に驚いたのかが分からず首を傾げたのだった。
「ところで、何で鈴は落ち込んでるんだ?」
「ちょっと地雷を踏み抜いて……」
「ボクは気にしてないんだけどなぁ」
「まぁいいか。それじゃあ行くぞ!」
気合を入れている二人とは対照的に、シャルロットは自然体で、鈴は重苦しい空気を纏ったままじゃんけんに臨んだ。
「私が最後か……」
「だから最初から言っただろうが」
「結局千冬が最後になっちゃったね」
「それじゃあ、あたしは風呂で反省してくるわ……」
「気にしなくて良いんだけどな」
重苦しい空気を纏ったままの鈴が風呂場に消えていくのを、シャルロットは苦笑いを浮かべながら見送り、残っていたお茶を飲み干した。
「ところで、鈴とは何を話してたんだ?」
「特にコレ、というものはなかったけど、宿題の話とかお風呂の話、後はラウラやセシリアの話とか、いろいろとね」
「その話題の何処に地雷があったんだ?」
「ボクの家の話になった時にね」
「なるほど……一般家庭と呼べるのは鈴だけだからな。ウチもいろいろと特殊だから」
「そうなの? 確か、剣術道場だって聞いた気がするけど」
「剣道もやってるがな。一夏さんが修めてたのは剣術の方で、私たちもそっちを重点的に鍛えてたからな」
「本当に織斑先生に憧れてるんだね」
「ウチの姉さんが興味を持つなんて珍しい、と言うところから始まった興味だからな」
「篠ノ之博士の事を当たり前のように話題に組み込めるのが凄いって」
「そうなのか?」
箒にとっては身内なので、別に凄いと思わないのだが、シャルロットからすれば、一夏の話題も束の話題も、そう簡単に出来るものではないのだった。
地雷が多い集まりだ