千冬たちが織斑家で食事をしている頃と時を同じくして、IS学園の食堂で楯無たちも食事を摂っていた。
「簪ちゃんは家に帰らないの?」
「お姉ちゃんだって知ってるでしょ。というか、お姉ちゃんの方がよく知ってるんじゃないの?」
「まぁね……」
未だに楯無の事を認めない勢力が更識内に存在しているので、この姉妹はなるべく家には帰らないようにしているのだ。どうしても家に行かなければいけない時は、護衛をつけて帰っている。
「そもそも私はまだ仕事が残ってるし」
「まだ終わってないの?」
「アメリカからの抗議が止まないのです」
「そうなんだ~。大変だね~」
「本来であれば、本音もその対処に当たるべきなのですがね」
「私が作業しても、余計に仕事が増えるだけだよ、おね~ちゃん」
当たり前のように開き直る本音に、虚は盛大なため息を吐いた。
「ところで、今ナターシャさんは何処で生活してるの?」
「一夏先輩が用意した部屋で生活してるわよ。詳しい事を知ってる生徒は、私と虚ちゃんの二人だけね」
「何で本音は知らないの?」
「一夏先輩曰く『アイツはうっかり誰かに言ってしまいそう』だからよ」
「あり得る……」
「さすがに言わないよ~」
簪も虚も、本音の言葉は信じず、一夏の観察眼の方に納得してしまった。
「さてと、それじゃあ午後も頑張りますか」
「お嬢様は、午前中逃げ出したじゃないですか」
「そ、それは……だって、せっかくの夏休みだというのに、生徒会の仕事と代表の合宿で殆ど潰れちゃうんだもん」
「それが分かっていて代表になられたのではありませんか?」
「うー、虚ちゃんが苛めるよ」
「頑張ってね、お姉ちゃん」
「それじゃあ、私たちは部屋でのんびりしようか~」
同じ生徒会役員であるのに、虚は本音のサボり宣言を注意する事はしなかった。先に本音が自分で言っていたように、虚も本音に仕事を増やされたくないと思っているのだ。
「ではお嬢様」
「掴まなくても逃げないわよ」
「それは信じられませんね」
「酷いっ!? ん?」
虚の言葉に大袈裟に反応しみせた楯無は、自分の携帯が震えたのに気づき首を傾げた。今時の女子高生とは違い、楯無の携帯は滅多にその真価を発揮する事はなく、二,三日鳴らない事もざらにあるのだ。
「誰よ、こんな時に……って、一夏先輩?」
「織斑先生がお嬢様にどのような用件で?」
「午後の仕事、手伝ってくれるって」
「そうですか。織斑先生も忙しいでしょうに……」
午前中に楯無が逃げ出した事は、当然一夏にも知られている。その所為で忙しい思いをした虚を慮っての申し出なのだろうが、楯無は嬉しそうにメールを返信し、意気揚々と生徒会室を目指す。
「一夏先輩が手伝ってくれるのなら、仕事は終わったも当然ね」
「分かってるとは思いますが、お嬢様もしっかりと仕事をしてくださいよ」
「分かってるって。一夏先輩に全部任せようとすれば、私が怒られるんだから」
「そもそも、織斑先生に頼ってる時点で、怒られて当然だと思うのですが」
呆れているのを隠そうともしない虚の視線に、楯無は明後日の方を向いて、吹けない口笛を吹いた。
「それにしても、虚ちゃんも本音の事は諦めてるのね」
「やればできるんですけど、やろうとしませんからね……」
「でも、今回の件ではかなり動いてくれたけど?」
「織斑先生に頼まれたら、さすがの本音でも動かざるを得なかったのではないでしょうか? 簪お嬢様か本音しか動けませんでしたし」
「簪ちゃんは海保への説明とかあったからね……一夏先輩が本音を捕まえて私との連絡役にしたのかもね」
専用機持ちである簪は、今回の作戦に参加していて忙しかったので、偶々暇そうにしていた本音を一夏が捕まえたのだろうと結論付けて、それ以上は考えないようにした。
「さて、分かっていたけどこの仕事量……一夏先輩が手伝ってくれると分かっていても逃げ出したくなるわね」
「万が一逃げようものなら、織斑先生にお願いしてお仕置きしてもらいますからね」
「一夏先輩の…お仕置き……」
それがどのようなものか楯無は知らないが、きっと恐ろしいものなのだろうという事は何となく想像がついている。
「まぁ、お嬢様が逃げ出す前に、既に織斑先生が来てくださいましたからね」
「あっ、一夏先輩……今回もよろしくお願いします」
「毎度毎度、よくもまぁ文句が尽きないものだな……束に脅されてるというのに」
「もう篠ノ之博士が仕掛けてるんですか? それだったら、そろそろこの文句の山も無くなりますかね?」
「アメリカという国が無くなるかもしれないがな」
「怖いですって……」
真顔で平然と言ってのけるので、その怖さが倍増しているのではないかと楯無は思っているのだが、そんな事を口にすれば、何をされるか分かったものではないので、それ以上何も言わずに作業に取り掛かるのだった。
束に脅されてるのになぁ……