臨海学校の疲れも取れぬまま、千冬と箒は教室でぐったりしていた。
「大丈夫?」
「あぁ……授業中に寝ないように気を張っていたから、余計に疲れただけだ」
「もう殆ど遊びのような感じだけど、織斑先生の授業だったからね」
「一夏教官の授業で寝ようなど、自殺志願者だと思われても仕方ないぞ」
「そんなこと、ラウラに言われなくても分かっているさ……だから気を張っていたんだ」
既に半日授業なので、今は放課後という事になっているが、二人は立ち上がることが出来ずに机に突っ伏しているのだ。
「だらしないわね。そんなんで夏休み遊べるの?」
「鈴か……安心しろ。明日には回復してる見込みだ」
「まぁ、あれだけの事をやったからね……それにしても、あんたたちの回復の遅さは異常じゃない? あたしたちはピンピンしてるのに」
「休みの間、補習を受けていたからな……」
「赤点では無かったが、このままでは留年もあり得ると言われたからな……」
「あらら……それじゃあ弾や数馬の事を笑えないじゃないの」
「あの二人がどうかしたのか?」
鈴のもったいぶった言い方に、箒が顔を上げて問いかける。千冬も気になっているのか、のそのそと顔を上げて鈴を見詰めた。
「あの二人、何教科かが赤点で、夏休みの半分は補習なんだってさ」
「相変わらず阿呆だな、あの二人は」
「私たちも人の事を言える成績ではないが、赤点は無かったからな」
「まぁあたしも大差ないけど、補習を受けてる時点で変わらないと思うわよ?」
「? 補習という事は、アイツらは私の神楽を見に来ないんだな」
「さすがに夜は大丈夫でしょ。まぁ、弾のヤツは分からないけどね」
「厳さんに外出禁止とか言われそうだしな」
弾の祖父である厳の姿を思い浮かべて、三人は揃って苦笑いを浮かべる。
「箒、あんた神楽の練習とかしなくていいの?」
「夏休みになったら嫌でもやらされるんだ。今くらい忘れさせろ」
「忘れちゃダメだろ」
千冬のツッコミに、箒は鋭い視線を返す。その視線を受けて、千冬は再び机に突っ伏した。
「まぁお祭りには行けるとは思うし、数日くらいなら遊べるだろうから、あんたたちも覚悟しておいてよね」
「どうせ負けるのは弾だろうから、覚悟も何もないだろ」
「油断してると負けるかもしれないわよ?」
「鈴、思ってもない事を言うな」
「バレた?」
箒のツッコミに対して、鈴は舌を出して笑う。
「ボクたちはそのお友達の事を知らないけど、普段油断しない千冬たちが油断するって事は、そんなに弱いの?」
「あぁ弱い。小学生の頃から数えて、もう何連敗してるか分からないくらい弱いぞ」
「というか、一回も勝った事ないんじゃない?」
「それはさすがに……ん? おい千冬。弾が勝った事ってあったか?」
「覚えがないな……数馬と同率ビリが何回かあったくらいで、後は全部負けてるんじゃないか?」
三人が集中して思い出そうとしたが、三人とも弾が勝った光景を思い出せなかった。つまり、一度も無かったという事だ。
「そう考えると、一度くらい勝たせてやった方が良いんじゃないかと思えてくるな」
「だが、手を抜いたところで弾が勝てるとも思えないだろ。エアホッケーでも負けたんだぞ、アイツは」
「アイツの家にあるゲームでも、あたしたちに勝てなかったんだもんね」
「蘭にも負けてなかったか?」
「あーあった」
「蘭と言えば、一夏兄に邪な感情を懐いているんだったな。久しぶりに会って稽古をしてやろうか」
「アンタのは稽古というよりも一方的ないじめにしか見えないから止めておきなさい」
そもそも蘭には、千冬や箒ほど武道の心得がないので、千冬に稽古をつけてもらう理由など無いのだが、過去に一度だけ稽古をつけてもらった事があるのだ。その光景を見ていた鈴は、千冬が蘭を苛めているようにしか見えなかったのだった。
「とにかく、一夏兄に色目を使うなど、世界が許しても私と束さんが許さないからな」
「一夏さんの恋愛は大変そうね……あっ、ところで千冬」
「何だ?」
「例の女性と一夏さんの関係って、本当にただの知り合いってだけなの?」
「そんなこと私が知るわけないだろ。というか、束さんも何も言ってこないところを見れば、知り合いってだけだと思うが」
「そっか……意外とお似合いだと思ったんだけど、知り合い程度なのか」
「もし知り合い以上の関係だったとしたら、今頃束さんに訊問されているだろうがな」
「だから怖いわよ……ていうか、そろそろ一夏さんを解放してあげたらどうなの?」
「確かに、ウチの姉さんと千冬は、一夏さんを締め付けすぎだろ。いくらあの人が気にしないからといって――いや、寛容だからと言っても限度があるだろ」
鈴と箒に言われても、千冬には全く響いていない様子だと、セシリアたちは感じていた。実際響いていないのだから仕方ないのかもしれないが、それでも千冬以外の全員は、一夏に同情してしまったのだった。
千冬はやっぱ駄目だな