山積みの仕事を楯無に任せて、虚はとりあえず職員室に顔を出した。ここに一夏がいれば一番早かったのだが、生憎職員室に一夏の姿はなかった。
「すみません」
「あら、布仏さんじゃないですか。珍しいですね、貴女が職員室に顔を出すなんて」
「織斑先生を探しているのですが、山田先生は何か知りませんか?」
「織斑先生、ですか? そういえば先ほど、裏庭にいるのを見かけましたが」
「そうですか。では、行ってみますね」
「ひょっとして例の件ですか?」
「……山田先生は知っているんですね」
「一応現場にいましたので、それなりには」
虚から見て、真耶は頼りない教師の印象が強かったのだが、一夏が彼女にある程度の情報を与えている事は知っていた。だが、今回の件はかなり重要かつ慎重に事を運ばなければならないので、真耶にまで情報を与えているとは思っていなかったので、かなり驚いてしまった。
「そんなに驚かなくても良いじゃないですか。私だって、人に話しちゃいけないことくらい弁えていますよ」
「そうであってもらいたいですがね。それでは、私はこれで」
真耶に一礼してから、虚は一夏を見かけたという裏庭に向かう事にした。
「織斑先生はこんなところで何をしていたのでしょうか……」
実際裏庭についてからそんなことを考えてしまったが、一夏が考えている事を理解出来るほど、虚は一夏との付き合いは深くないのだ。
「布仏か」
「お、織斑先生……いきなり現れないでください」
「別に気配は消してなかったんだが」
「私はそれほど気配察知が得意ではありませんので」
一夏は虚の言葉を謙遜だと受け取ったが、虚は割と本気でそう思っているのだ。本音には負けないが、楯無は簪と比べれば大したこと無いと思い込んでいる節が見られるのだった。
「それで、何しに来たんだ?」
「例の女性と会うようにと、お嬢様から言われまして」
「そういう事か。ならついてこい。一人では絶対に会えないだろうからな」
一夏が先に歩き、虚がその後ろを歩く。普段年上として先頭を歩くことが多い虚としては、誰かの後ろを歩くというのは久しぶりな感じがしていた。
「えっと……ここって敷地内ですよね?」
「束に手伝わせたからな。敷地内ではあるが、同じ空間ではない」
「どういう事ですか?」
「次元の違いという事だ。あいつの研究もたまには役に立つ」
「?」
さっぱり理解出来なかった虚であるが、とりあえず学園の中だという事は理解出来たので、後は追々理解すればいいと自分の中で片づけた。
「許可なく立ち入ることが出来ないから、他の人間がここを通ってもナターシャにはたどり着けないようになっている」
「つまり、私は許可を得た人間だという事ですか?」
「とりあえずは、更識姉と妹、そしてお前の三人だな」
「何故本音は許可されていないのでしょうか?」
「あいつが来ると、ナターシャが安静にしていられないからな。もう少し回復してからなら考えなくもないが」
「なるほど」
一夏の懸念は虚にも思い当たる節があったので、頷いて納得してしまった。
「ここだ」
「病院みたいな建物ですね」
「医療機器は揃っているが、医者はいないからな」
「自分で治療出来る人間なら、最高の場所ですね」
「まぁ束が作った医療ロボットがいるから、自分で治療出来なくても問題ないのだが……いや、アイツの発明品という事が問題か……」
「それはコメントしかねます……」
束の事を楯無経由で聞いている虚としては、一夏の不安が分からなくもない。だがそれを口に出す勇気はなかった。
「とりあえず挨拶しろ」
「始めまして。更識所属、布仏虚と申します」
「ナターシャ・ファイルスです。以後お見知りおきを」
「とりあえずナターシャの護衛は布仏と更識姉に任せる。何かあったら俺に相談してくれれば、大抵の事は出来ると思うが」
「貴方に出来ないことがあるのかしら? 殆どの事を一人で解決しちゃう貴方なのに」
「束の阿呆は改善できなかったがな」
「大天災を捕まえて阿呆なんて言える貴方が凄いけどね」
自分が入っていけない会話にも平然と入っていったナターシャに、虚は驚きを隠せずにいた。知り合いだという事は聞いていたが、束の話題にまで関われるほどの知り合いだとは思っていなかったのもある。
「とにかく、ナターシャは暫くこの空間から出る事は出来ないから、会おうとするならこちらがここに来るしかないからな」
「衣食住揃ってるから、私は文句ないんだけどね。たまにこの子と空も飛べるし」
「あまり派手に動かなければ、という条件付きだという事を忘れるなよ? お前は怪我人なんだからな」
「分かってるわよ」
一夏に釘を刺されて、ナターシャは軽く手を上げてそれに応えた。イマイチ理解してるのか怪しい感じだっただからか、一夏は首をひねって見せたのだった。
こう考えると本当に天才なんですけどね