学園に戻ってきてすぐ、簪と本音は生徒会室に向かった。普段は絶対に近づかない場所だが、一夏に呼び出されているから、行きたくないと思っても行かなければいけないのだった。
「何で私まで呼ばれてるんだろうね~?」
「今回いろいろと手配したのが本音だからじゃないの?」
「だって、かんちゃんは楯無様とまだスムーズに話せないから仕方ないじゃないか~」
「そんな事ないけど……」
劣等感はだいぶ薄れたのだが、未だに距離感がうまく掴めないので、簪はなるべく楯無と顔を合わせたり、会話をしたりを避けているのだ。
「お邪魔しまーす」
「そんな気楽に……」
元々生徒会役員である本音は、特にノックをすることも無く生徒会室の扉を開ける。簪はまだ心の準備が出来ていないのか、本音の行為に驚いた表情を浮かべている。
「あら本音? 生徒会の仕事をする気になったの?」
「織斑先生に呼ばれて来たんだよ~。あれ? おね~ちゃんは何も聞いてないの~?」
「織斑先生に? お嬢様がまだ来ていない事と関係がありそうですね……ひょっとして、例の事件についてでしょうか?」
「たぶんそうだと思います。このタイミングで、更識の関係者を全員集めるんですから」
虚の推測に、簪が同意する。本音も何となくそうじゃないかと思っていたのか、笑顔で虚の意見に同意した。
「織斑先生の知り合いのアメリカ軍所属のパイロットを、更識で引き受ける事についてのお話しだと思うよ~」
「その件はお嬢様から暗号メールで聞いています。とても見逃せる件ではありません。アメリカの背後に裏組織が絡んでるかもしれないとなれば尚更です」
「そんなこと言ってたっけ~?」
「言ってたよ……本音、覚えてないの?」
「楯無様に報告したら、殆ど忘れちゃった~」
軽く舌を出して笑う本音を見て、簪と虚は同時にため息を吐いた。
「揃ってるわね」
「お嬢様」
「まったく。ロシア遠征から帰って来てみれば、面倒な事になってるわね」
「面倒だと思うなら引き受けなければ良かったのでは?」
「人道的にも、ウチの事情的にも、引き受けないわけにはいかないでしょ? 裏組織が関係してるかもしれないんだから」
「ところで楯無様、織斑先生は何処にいるんですか~?」
てっきり楯無と一夏が一緒に来るものだと思っていた本音が、キョロキョロと辺りを見回して尋ねる。簪も同じ風に思っていたのか、本音の質問に頷いてみせた。
「一夏先輩なら、学園長に話があるって言って学長室に行ってるわよ。たぶん彼女を一時的に住まわせる部屋を用意させるつもりなんだろうけど」
「一時的で良いんですか? 完全にアメリカとの関係が切れるまで、学園で保護した方が良いと思うのですが」
「その辺りは一夏先輩に任せてあるわ。ウチで生活してもらってもいいけど、護るなら側にいてもらった方がやりやすいしね」
「ご当主自ら護らなくても、更識には護衛のプロが揃ってますよ……」
自分で護衛する気満々の楯無に、虚は呆れながらツッコミを入れたが、あまり響いてはいない様子だ。
「ナターシャさんは私とも面識があるから、出来る事なら私が護ってあげたいのよ」
「お姉ちゃん、あの人と会った事あるんだ」
「一夏先輩と話してるところに、偶々ね。挨拶程度しかしてないけど、全くの初対面ではないわよ」
「学園で生活するにしても、一般生徒は彼女の事を知らないわけですから、寮内というわけにはいきませんよね」
「一夏先輩の生活空間に、簡易の部屋を建てるんじゃないかな? 長くても夏休みの間だけでしょうし、その間に一夏先輩が何とかすると思うしね」
「あっ! 夏休みと言えば、シノノンが神楽を舞うって言ってたよ~。かんちゃんも一緒に見に行こうよ~」
「何で今その話題を?」
「ん~、流れ?」
本音の答えに、三人はため息を吐いた。
「とりあえず、この後虚ちゃんはナターシャさんと会ってもらう事になるから」
「そうですか。それではお嬢様、この仕事の山をお願いしますね」
「えっ……私、さっきロシアから戻ってきたばっかりなんだけど……」
「それはご苦労様です。ですが、これは元々お嬢様が処理すべき仕事ですので。今日中に処理しなければいけない案件もいくつかありますので、早急に処理してください」
「それじゃあかんちゃん、私たちは部屋に帰ろうか~」
「せっかく生徒会室に来たんですから、本音も手伝っていきなさい」
「私が手伝っても仕事が増えるだけですよ~?」
「自信満々に言わないでよ!」
胸を張って宣言した本音に、珍しく楯無がツッコミを入れる。
「お姉ちゃん、とりあえず仕事をした方が良いんじゃない? 誰かが手伝ってくれるにしても、結局はお姉ちゃんが目を通さなければいけないんだから」
「うぅ……簪ちゃんが苛める」
「苛めてない!」
楯無の冗談に結構本気で怒った簪は、そのまま生徒会室を後にしたのだった。
学生とは思えない忙しさ