朝食を済ませ、帰りのバスに乗り込んだ千冬たちは、昨日の事をクラスメイト達に聞かれていた。
「何だか大変だったんだってね。詳しく教えてよ」
「教えてやってもいいが、一生監視が付くそうだぞ?」
「うえぇ……それは嫌だな」
「そもそも他言しないと誓約書を書かされましたので、教えて差し上げる事は出来ませんの」
「話したら何処かに連れていかれるんだっけ? 何だかあやふやな罰だよね」
「はっきりと言えないところに連れていかれる、という事だろ。恐らく監禁され教育されるんだと思うぞ」
「ラウラが言うと怖いね、それ……」
軍人だからこそ出てきた発想なのだろうが、シャルロットはその事を真実だと受け止め、少し顔が蒼ざめている。
「そういえば、織斑先生はどちらに?」
「あぁ。一夏兄なら、いろいろと迷惑をかけたからと、旅館の人たちにお礼を言っているらしい」
「たぶんお礼だけじゃないんだろうが、私たちが知る必要のない事だからな」
「大人の世界、ってやつ?」
「たぶんそれだ」
シャルロットたちは、一夏が旅館にいくらか渡しているのだろうという考えで纏まったが、ラウラだけはその事が分からず、しきりに首を傾げている。
「大人の世界? なんだそれは?」
「ラウラはまだ知らなくていい世界だよー。ボク飴持ってるけど、ラウラ食べる?」
「何だか誤魔化されてる気がしなくもないが……うむ。この飴は甘くておいしいな!」
露骨な話題逸らしに気が付いてはいたが、シャルロットに飴を放り込まれて意識がそちらに向いてしまい、ラウラはそれっきり先の話題を口にする事は無かった。
「シャルロットさんが、一番ラウラさんの扱いに長けているようですわね」
「ルームメイトだからね」
「さて、臨海学校も終わったし、次のイベントは夏休みか」
「そういえば箒、お前確か、神社の祭りを手伝ってほしいって言われてなかったか?」
「お祭り?」
「何ですの、それ?」
何で言うんだ、という顔で千冬を睨みつけていた箒だったが、好奇心満載の目を向けてくるシャルロットとセシリアを無視しきれなく、ついに諦めて口を開いた。
「親戚の神社なんだが、夏祭りに神楽をやってほしいと頼まれているんだ」
「神楽って事は、箒が躍るんだよね?」
「どんなドレスを着るんですの?」
「踊るんじゃなくて舞うんだ。服装は恐らく巫女服だろうな」
「お前が答えるな! というか、何でお前があの話を知ってるんだ!」
「あれだけ大きな声を出していれば、嫌でも聞こえると思うんだが……というか、既に鈴や弾たちに話してあるから、当日は最前列で見てやるからな」
「コイツは……」
実に楽しんでいる千冬を睨みつけながら、箒は盛大にため息を吐いた。
「当日は一夏兄も時間が取れるかもしれないから、久しぶりに一夏兄と夏祭りを楽しめるかもしれないぞ」
「お前は気楽でいいよな……どうせなら、夜店の手伝いをしてもらおうか」
「何でそんなことをしなければいけないんだ」
「去年の夏まつり」
「うっ……分かった、手伝えばいいんだな」
「「?」」
二人には分からなかったが、箒が何か脅したという事だけは二人にも理解出来た。だが脅された千冬は正確にその意図を汲み取っており、反論するのを諦めて手伝う事を承諾した。
「どうせなら千冬にも神楽をやってもらうか」
「出来るわけ無いだろ! あれは篠ノ之家が代々担当している神事だろうが!」
「そうだったんだ。ということは、箒の家って由緒正しいの?」
「ウチは分家だからな。本家の人間がすればいいのに……」
「仕方ないんじゃないのか? 現状篠ノ之家にいる乙女はお前と束さんの二人だけなんだから」
「まったくもって面倒だ……」
「ボク、楽しみにしてるね」
「私も、なんとか時間の都合をつけて、見に行かせていただきますわ」
「出来れば来てほしくないんだが……」
「恥ずかしがることは無いんじゃないか? お前の神楽を見て、弾と数馬が一瞬でも気の迷いを起こしたんだからな」
「あいつらにモテても嬉しくないぞ」
あくまで練習だが、箒の神楽を千冬たちは見学した事がある。その時に弾と数馬が箒の舞に魅了され、本気で箒に告白しようとしたことがあるのだ。もちろん、すぐに気の迷いが晴れ、一瞬前の自分を殴りたいと騒いだのだが。
「お前は綺麗な黒髪だからな。神楽に映えるんだろ」
「ならお前でも良いじゃないか! 殆ど篠ノ之の人間なんだから」
「頼まれたのはお前だろ」
「シャルロット、もう飴は無いのか?」
「えっ? あぁ。バッグに入ってるから、取って良いよ」
空気の読めないラウラによって話が中断され、そのタイミングで一夏と真耶がバスに乗り込んできたので、この話はうやむやになったままお開きとなった。
なお、帰路についてすぐ、一夏が寝てしまったので、バスの中は物凄く静かだったのだった。
黙ってれば大和撫子の称号は伊達ではない