一夏のお陰でだいぶ進捗した簪は、普段より早い時間で作業を切り上げた。
「ありがとうございます。織斑先生のお陰でだいぶ捗りました」
「俺はただ気になったところを指摘しただけだ。作業が捗ったとすれば、お前が頑張ったからだろう」
「また何かあったら相談しても良いですか?」
「かまわない。生徒の悩みを聞くのも、教師の仕事だからな」
後片付けを済ませ整備室を出る時、簪は明らかに一夏を意識していた。それが異性としてなのか、大人として尊敬出来るからなのかは、簪本人にも分からなかった。
「織斑先生は、この後どうするのですか?」
「軽く見回りをして部屋に戻るつもりだ。女子寮を男がうろうろしてたら、あまり気分は良くないだろ?」
「……織斑先生なら大歓迎されると思いますけど」
簪の言葉に、一夏は軽く笑ってから空を見上げた。何故いきなり空を見上げたのかと不思議に思った簪もつられて空を見上げると、視界に見慣れた女子が映った。
「お姉ちゃん……」
「また仕事を抜け出して屋上で寝てたのか、アイツは……」
「また? お姉ちゃんってかなり仕事を抜け出したりしてるんですか?」
「大人ぶってもまだまだ子供だからな。遊びたいんだろう」
苦笑いを浮かべながら携帯を取り出し、何処かに連絡し始める一夏。誰に電話したのか気になった簪ではあったが、その答えはすぐに分かった。
「布仏か? 生徒会長は屋上にいるから、早いところ捕まえに行った方が良いぞ」
「あっ、虚さんか……」
楯無を捕まえられるのは虚だけなのだろうと、簪も何となく理解した。恐らく一夏でも捕まえられるのだろうが、虚が行った方が楯無も反省するのだろうと自分の中で処理をした。
「さて、恐らく終わらないであろう生徒会作業を手伝わされる前に、俺は帰るとするか」
「……もう手遅れだと思いますよ」
「みたいだな……」
屋上から飛び降りてきた楯無を見て、一夏と簪は同時にため息を吐く。
「先輩、助けてください」
「学園内で許可なくISを展開するのは校則違反だ」
「先輩が虚ちゃんを屋上に呼びつけたんですから、責任は先輩にもあると思うんですけど」
「お前がサボらなければ、布仏だって怒らないんじゃないか?」
「うぐっ……だ、だって仕事量が多いんですよ!」
泣き出しそうな楯無を見て、簪はおかしくなって噴き出す。
「お姉ちゃん、ちゃんと自分の仕事はしなきゃダメだよ」
「簪ちゃんまでそんなこと言うの!? あんな量処理出来るわけ無いんだよ?」
「お前がサボらなければもう少し早く終わるんだ。手伝ってやるからさっさと行くぞ」
楯無の首根っこを掴んで生徒会室に向かう一夏を見送りながら、姉も普通の人間なのだと分かり簪は笑顔で部屋に戻るのだった。
一日に二回一夏に捕まり生徒会室に連れていかれた楯無は、まず虚にこっ酷く怒られた。そんな二人を脇目に、一夏は溜まっている書類に目を通す。
「――それくらいで勘弁してやったらどうだ、布仏?」
「これくらいでは反省しませんので。お嬢様にはもっと反省していただかないといけませんので」
「十分反省してるわよー。でも、こんな量見たら逃げ出したくなるでしょ? もう少し何とかならないの?」
「織斑先生が手伝ってくださっているから終わっているのであって、私とお嬢様の二人では厳しいのは認めます。ですが、お嬢様はこの学園の生徒会長なのですから、もっと自覚を持ってですね――」
「分かった分かった。分かったから作業しちゃいましょ」
永遠に続くと思われた虚の説教から逃げる為に、楯無は書類に手を伸ばす。虚としてはまだ説教を続けたかったのだが、先ほど自分で言ったようにギリギリなので、とりあえずは作業をすることにした。
「あと一ヶ月もすれば落ち着くだろうから、もう少し頑張ったらどうだ? というか、布仏妹はどうしたんだ」
「本音はここに来たがりませんから」
「お前ら姉妹はそれなりに仲が良かったんじゃないのか?」
「簪お嬢様に気を遣っているのではないかと」
「簪ちゃんと言えば、何時から簪ちゃんと仲良くなったんですか?」
先ほどの光景を思い出して、楯無は一夏に質問する。
「別に仲良くなったわけではない。相談を持ち掛けられたから答えらえる範囲で答えていただけだ」
「一夏さんは、私だけじゃなくて簪ちゃんの悩みも聞いてくれるんですね」
「生徒の相談に乗るのも教師の仕事だからな。お喋りは後にして、今は仕事を終わらせることだけを考えろ」
既に残っていた半分以上を片付けているが、最終下校時間前に学園から部屋に戻りたいと考えている一夏は仕事の手を緩めることなく作業を進め、無事に終わらせることが出来た。
「織斑先生のお陰で、何とか無事に終わりました」
「もう一人くらい生徒会に入れた方が良いかもな」
終わった仕事の量を見ながら呟く一夏に、虚と楯無も頷くのだった。
ISがあっても屋上から飛び降りるのは嫌だな……