風呂から上がった箒は、直接部屋に戻らずに中庭で夜風に当たっていた。
「なにを黄昏てるんだ?」
「別にそんなものじゃない。少し逆上せたかもしれないから、風に当たってるだけだ」
「お前が逆上せるものか。ラウラやシャルロットですら大丈夫だったのに、普段から熱めのお湯に浸かってるお前が逆上せるわけ無いだろ」
千冬に話しかけられても、箒は振り向くことはせず空を眺めている。
「なにを見てるんだ?」
「いや、とんだ七夕になったなと思ってな」
「そういえばお前の誕生日だったな。もしかして、あの暴走事件は束さんの誕生日プレゼントだったのか?」
「そんなことすれば、一夏さんに殺されるって分かってるだろうから、そんなことしないだろ。そもそも、あんなものをプレゼントされても、困るだけだ」
「違いない」
自分の考えをあっさりと却下して、千冬は箒の隣に立つ。
「織姫と彦星は無事に会えたのだろうか」
「お前にしては随分とロマンチックな事を言うな」
「たまにはいいだろ。というか、お前にしてはというのはどういう事だ!」
「ガサツが服を着て歩いてるとさえ言われるお前だからな」
「一夏さんに全てを任せてるお前に言われたくはない!」
ここに第三者がいれば、どっちもどっちだと言ってくれたかもしれないが、生憎この場には千冬と箒の二人しかいない。つまり、誰もその事を指摘してはくれないのだ。
「とにかく、いい加減部屋に戻らないと一夏兄に怒られるぞ。いくら出動した後とは言え、そろそろ消灯時間だからな」
「一夏さんなら、今回の件の事後処理で忙しそうにしてるんじゃないのか? 少しくらい消灯時間を過ぎても怒りに来るような暇はないと思うが」
「阿呆だな、お前は。一夏兄は気配を掴むことが出来るんだから、その場で怒らなくても後で怒ることが出来るんだぞ」
「そういえばそうだったな……一夏さん相手に気配を誤魔化せるのは、姉さんくらいだろうしな」
自分が失念していたことを思い出して、箒は漸く部屋へ向かう事にしたのだった。
「ところで、何で私があの場所にいると分かったんだ?」
「私だって近しい相手の気配くらい掴むことが出来るからな。まぁ、一夏兄や束さんは無理だが、お前ならこれくらいは楽勝だ」
「まぁ、私も千冬の気配くらいなら掴むことが出来るからな。千冬に出来ても不思議ではないか」
そもそも他人の気配を掴む事自体が凄い事なのだが、この二人の中では出来て当然であり、出来ないなんてありえない事なのだった。
「それにしても、私だけ演習した後に実戦だったんだが、他のやつらはどうするんだろうな」
「実戦と言っても、密漁船を海保に引き渡しただけだろ。後はほとんど全部一夏兄がやったんだから」
「それはそうなんだが……他の専用機持ちは演習をやってないわけだし、後程他の事をやらせるんじゃないかと思ってたんだがな」
「というか、あくまでも臨海学校の一環としての演習だったんだから、学園に戻ってまでする事ではないんじゃないか?」
「そうなると、やらなかったお前たちが恨めしいぞ。しかも見世物にされたんだからな」
「どうやら他の連中は、斬撃を飛ばすなんて出来ないらしいからな、興味深かったんだろ」
「ちょっと練習すれば誰でも出来ると思うんだが」
またしてもズレた考え方をしている二人の背後に、何者かが近づいてきた。
「鈴? こんなところで何をしてるんだ?」
「なにって、トイレに決まってるでしょ。アンタたちこそ、トイレの前で何を話しこんでるのよ」
「なに? ……あぁ、別にトイレの前だから立ち止まってたわけじゃないぞ。たまたま立ち止まったところがトイレの前だっただけだ」
「あっそ。とにかくどいてくれない? あたし、結構ギリギリだから」
「そうか。なら私たちも寄っておくか。そのまま寝るにしても、トイレには行っておいた方が良いだろうし」
「そうだな。鈴、連れションするか」
「うら若き乙女が連れションって……一夏さんに聞かれたら怒られるだけじゃ済まないわよ?」
「安心しろ。一夏兄の前でこんなことを言うはずがないからな」
「安心して良いのか分からないけど、ちゃんと一夏さんの前では言わないでおこうって考えを持っているから大丈夫なのかしらね」
イマイチ納得出来ていない感じだったが、鈴はとりあえず追及する事を止めた。
「というか、さっきアンタたちが話してた内容だけど、普通は斬撃なんて飛ばせないんだから」
「そうなのか? 一夏さんも姉さんも当たり前のように飛ばしてるから、出来て当たり前だと思っていたんだが」
「前々から言ってるけど、一夏さんや篠ノ之博士を基準にするのは止めなさいよ……」
「鈴はなかなか難しい事を言うな……」
「いや、簡単だと思うんだけど……」
自分がズレているのではないかと一瞬思ってしまったが、鈴は何とかして自分が正しいのだという考えを取り戻したのだった。
女子が連れションとか言うなよな……