作戦完了という事で、千冬たちには特別に露天風呂が解放された。
「一夏兄は太っ腹だな~。この景色、何とも言えないぞ」
「一仕事終えた後の風呂は最高だな。それが露天だというのだから、気分も最高だ」
「……この二人、中身オヤジなんじゃないかって思うんだけど」
「日本人にしか分からない感覚だからな。ほら、簪だってあっちで気持ちよさそうにしてるだろ?」
「確かに気持ちいいけど、アンタたちみたいにしみじみと呟くような事はしてないわよ」
既に身体を洗い終えて湯に浸かっている千冬たちは、油断すると息が漏れそうなくらい寛いでいる。
「というか、私たちだけよろしいのでしょうか? 確かに任務という事で駆り出されましたが、実際に働いたことと言えば、密漁船を海保に引き渡したのと、堕ちてきた銀の福音を回収して織斑先生に渡しただけですのに……」
「確かにそれだけしかしていないが、これは一夏教官が私たちに下さった正当な報酬なんだ。他の奴らに悪いと思うのは仕方ないかもしれないが、一夏教官のご厚意を無碍に扱えば私が許さないぞ」
「もちろん、私も許すつもりは無いぞ」
「最近、ラウラと千冬がやけに仲がいいんだけど……」
「二人とも一夏さん至上主義者だからな……妙なところで息があったんだろう……」
がっしりと握手しているラウラと千冬を見て、鈴と箒が揃ってため息を吐く。
「温泉ってちょっと熱いよね……ボク、先に上がってるよ……」
「私もそろそろ失礼させていただきますわ……」
「なんだ、軟弱者め」
「湯に浸かるのは日本の文化だから、海外育ちのシャルロットやセシリアには厳しいんじゃないの?」
「お前も中国生まれだろうが」
「あたしはほら、アンタたちと付き合いがあったから」
風呂好きな千冬と箒に連れられて、鈴はよく銭湯に行っていたので、今ではすっかり風呂好きの仲間入りを果たしているのだ。
「意外なところで、ラウラも結構風呂好きよね」
「一日の疲れをしっかりと抜く為にも、風呂は最適だからな! むろん、風呂上りの牛乳も格別だが」
「ラウラの知識って、かなり偏ってるわよね……」
「というか、簪もこっちに来ればいいだろ」
「いい……」
「何故だ?」
「だって……箒と千冬、大きいから……」
「「?」」
いったい何が大きいのかと、千冬と箒はそろって首を傾げたが、鈴が笑いながら簪に手を振った。
「気にしたら負けなんだから、簪も気にしないでこっち来なさいよ」
「ん……まぁ、シャルロットとセシリアもいなくなったし」
「何だかよく分からないが、一人で風呂に入っても楽しくないだろ?」
「別に普段から一人で入ってるから」
「簪は大浴場に来ることが少ないからな。本音はたまに見かけるんだが」
「だって、みんな大きいから……惨めな思いしたくないし」
「それはあたしに喧嘩を売ってるの?」
「違う、私はそう思うってだけ」
側に寄ってきても、鈴やラウラの隣にしか陣取らない簪に、千冬と箒はもう一度首を傾げた。
「簪はいったい何を気にしているんだ?」
「私に分かるわけないだろ」
「そうね。持たぬ者にしか分からない悩みだから……」
「ところで、一夏教官は何であんなに厳しい顔をしていたんだ? 任務完了したんだから、もう少し穏やかな表情でも良かったと思うんだが」
「一夏兄にとって、これからが本番だからじゃないのか? アメリカ相手に交渉するだろうし」
「交渉というか、一夏さんから『お願い』されたら、大抵の相手は大人しく従うと思うけど」
「というか、織斑先生が担当する事なの、それって?」
簪の素朴な疑問に、四人は顔を見合わせ、そして首を傾げた。
「確かに一夏さんが担当する必要はないと思うが、一夏さんほどスムーズに解決に導ける人間が他にいるとは思えないしな」
「どうせ一夏兄に丸投げしたんじゃないか? 昔から日本政府の連中は一夏兄に丸投げする事が多いからな」
「そういえば、お前が誘拐された時も、一夏教官に丸投げしたんだっけか?」
「あー、あれは酷いとあたしも思ったわ。千冬救出に割ける人員がいないから、自分でどうにかしろって言ってきたんでしょ? それで一夏さんが棄権しようとしたら『国の名誉の為に棄権はするな』って言ってきたんだから、随分と好き勝手な事言ってんなーって思ったわよ」
「そんな事があったんだ……私は織斑先生が政府を信用してないって事しか知らなかったから、何が原因だったんだろうって思ったけど、それじゃあ仕方ないね……お姉ちゃんが日本は信用出来ないって口癖のように言っていた理由にも納得がいった」
「そういえば簪の姉さんって、一夏さんの後輩なんだっけ? それじゃあ一夏さんの影響を受けてても仕方ないわね」
「それだけじゃないんだろうけどね」
楯無の大人に対する不信は、家のごたごたも大いに関係しているのだが、その事を四人に話す事はしなかった簪であった。
風呂では目立つんでしょうね……分からないけど