千冬たちが密漁船を誘導し終えたのを確認して、一つ頷いたところで、一夏は物凄い速度で突っ込んでくる物体の気配を察知した。
「完全に暴走しているわけか……これが人為的だというのだから、信じられないな」
『感心してる場合? 一応知り合いが乗ってるんだし、そろそろ気合いを入れた方が良いわよ?』
「分かっている。それよりも、さっきからこっちを見ているヤツが気に入らない」
『殺気でも飛ばしてどっか行かせればいいじゃないの。ダーリンの殺気に耐えられる人間なんて、数えるくらいしかいないわよ。まぁその数えるくらいの人間も、無事と形容して良いのかどうか分からないくらいだけどね』
「何も反応しないのなんて、束くらいなものだろ」
ため息を一つ吐いてから、一夏は表情を改めて飛来してくる銀の福音に一撃を喰らわせて動きを止める。
「やれやれ、束の話ではこの後強制的に
『操縦者の安全を考えれば、そんなことしないと思うんだけどね』
「どういう事だ?」
『だって、完全に意識を失ってる訳でしょ? その上強制的に第二形態移行なんてすれば、ISの形状が変わるのに体勢が変えられないわけだから、下手をすれば死んじゃうわよ?』
「……アメリカの後ろで動いてるやつらが人命を第一に考えているとは思えないな」
一夏が上空を睨みつけたタイミングで、撃ち落としたはずの銀の福音が光りだした。
「ちっ! やはり人命など気にしていないようだな」
『ダーリン、殺気が漏れてるわよ』
「今はそんなことを気にしてる場合ではないだろ。さっさと銀の福音を停めて、上空で嘲笑ってるやつを取り押さえる。飛縁魔、俺の精気を吸い取れ」
『あら、良いの? もっと強くなっちゃうわよ?』
「リミッター解除だ。操縦者と銀の福音に致命的なダメージを与えない程度に攻撃し、一瞬で上空にいる首謀者と思わしきヤツに接近する」
『了解よ。それじゃあ、ダーリンの精気、頂きます』
飛縁魔に精気を吸い取られ、一夏は一瞬だけ顔を顰めたが、すぐに表情を引き締めて銀の福音に特攻を仕掛ける。その動きはさながら、第二回モンド・グロッソ決勝で見せた動きだった。
『銀の福音のSE消滅を確認。すぐに上空に移動するわよ。Gに気を付けて』
「分かってるそんなのは。というか、少しはこっちの動きに付き合え」
『リミッターが解除されてる時は、私個人の考えで動けるからね。あの時のように』
「さて、この辺りに反応があったはずなんだが……さすがにいないか」
『ステルス機能が搭載されているのか、レーダーにも反応ないわね……篠ノ之束だったのかしら?』
「あいつの気配ならすぐに分かったさ。だが、今回の相手は束では無かった……とりあえず周辺を探してみるか」
『せっかくリミッター解除したって言うのに、血祭に上げられなかったじゃないの』
「物騒な事を言うな」
飛縁魔と会話しながらも、一夏は肉眼と気配で、飛縁魔はレーダーで周辺を警戒したが、ついに首謀者と思しき相手は見つけられなかった。
「こちらの考えが分かっていたかのような動きだったな」
『声が聞こえてたわけないでしょうし、ダーリンが銀の福音を撃ち落とした後こっちに来るという考えだったんでしょうね』
「まぁ、最低限の仕事はしたし、首謀者の捜索は俺の仕事ではないからな」
『後は、無事に銀の福音を回収して、ナターシャ・ファイルスが目を覚ませばミッションコンプリートね』
「それでは不完全だ。アメリカ軍からナターシャを解放しなければ、似たような事故を起こすだけだからな」
『でも、簡単に解放するかしら? そんな事するなら、わざわざ事故を装って殺そうとしたりしないと思うんだけど』
「さっき束に調べさせた情報をちらつかせれば、大人しくこっちの言う事を聞くしかないと分かるだろうさ」
『そのダーリンの悪い顔、意外と嫌いじゃないわよ』
「お前に好かれてもな……」
『織斑先生。日本政府から撤収命令が出ています。すぐに帰還してください』
「やれやれ……どこまでも自分勝手な連中だ」
命令に逆らって面倒事に巻き込まれるのを嫌った一夏は、首謀者捜索を諦めて地上に降りていく。途中で専用機持ちたちと合流し、とりあえずの作戦完了を宣言し、生徒たちに安心をもたらした。
「(束の方で何か掴んでいないだろうか)」
『あの変態が素直に教えてくれるとは思えないけどね。ただでさえダーリンの子供を産みたいとかほざいてるんだから』
「(あいつが変態なのは今に始まった事じゃないからな……というか、仮にも生みの親だぞ?)」
『ダーリンの所有物なのよ、私は。生みの親がどうとか、どうでも良いもの』
「(あっそ)」
興味なさげに呟いた一夏に、飛縁魔は抗議を続けたが一夏の反応は無かった。
裏で動いているのはもちろん……