千冬と箒がアリーナの使用許可を申請して、それが受理されたのを受けて、生徒会長の更識楯無は二人の実力を確認しようと生徒会室を抜け出し――すぐの廊下で一夏に見つかり連れ戻された。
「ご、ゴメンなさい一夏さん……ですから、この格好は勘弁してください」
「こうでもしないとまた逃げ出すだろうが、お前は」
「織斑先生、お嬢様を捕らえていただき、ありがとうございました」
「偶々だ」
楯無の首根っこを押さえつけながら虚に身柄を明け渡し、一夏は生徒会室から去っていく。昨日簪と約束したので、この後に予定を入れる事はせず、約束の整備室へ向かう。
「織斑先生」
「お前の方が先に来ていたか……待たせたか?」
「いえ、まだ約束の時間ではありませんので、私が勝手に早く来ただけです」
教師と生徒が密会しているなど、下種の勘繰りをされそうなシチュエーションだが、簪の表情は真剣そのもので、第三者がこの光景を見たとしても、変な勘違いはしないだろう。
「それで、お前が造ろうとしている専用機というのは?」
「これです……」
「ベースは打鉄か。何故これを選んだんだ?」
「お姉ちゃんの専用機『ミステリアス・レイディ』のような派手さは、私には似合わないですから」
「まぁ、あいつは派手好きだからな」
楯無の性格と簪の性格は確かに真逆だなと、一夏は苦笑いを浮かべながら簪の言葉に頷く。その反応だけで一夏と姉の関係をなんとなく把握した簪は、昨日から気になっている事を一夏に尋ねる。
「織斑先生とお姉ちゃんって、何時から知り合いなんですか?」
「アイツが元日本代表候補生だったのは知っているな」
「はい」
「その時の指導員が俺だったんだ。アイツは年少者という事で、周りから避けられていたからな」
「そう…だったんですか……」
昔から派手な世界で生きていた姉が、そんな扱いを受けていたなどと思っていなかったのだろう。簪は少し信じられないという表情で一夏の言葉を受け止める。
「まぁ、それからIS以外でも相談されるようになってな。一番大変だったのは、お前たちの父上が亡くなられた時か」
「っ!」
「そんなに驚く事か? 俺は、アイツが『楯無』ではなく『刀奈』の時から知っているんだ。急に名前が変わったら変に思うだろうが」
「……織斑先生から聞き出したんですか?」
「いや? 俺は何も聞き出そうとしていない。ただ、泣きたいのに泣けないアイツを、泣かせてやっただけだ」
「お姉ちゃんが……泣いた?」
父親の葬儀の際、周りの目を気にせず泣きじゃくった自分とは違い、刀奈は一切泣かなかった。それを見て姉は冷たい人間なのだと思い込んだのだが、実はそうではなかったと聞かされ、簪はそれ以上言葉が出なかった。
「妹のお前が泣いている前で自分も泣けば、お前が泣き止むことは無くなる、とか言っていたな」
「………」
「一歳しか違わないのに、大したヤツだと思ったよ、その時は」
「それで、お姉ちゃんは織斑先生に懐いたんですか?」
「懐かれたのは最初からだっただろうが、踏み込んだ相談を持ち掛けてくるようになったのはそこからだな。手っ取り早く専用機を手に入れるにはどうすればいいかとか、国籍変更の際の手続きの仕方や、専用機製造なんかも相談された」
「……織斑先生は、全て答えたんですね」
「知っている範囲で、だがな。後は詳しい大人に聞けと言ったが」
簪は、最後の言葉は嘘だと見抜いた。姉が大人たちを信用していないのは簪も知っている。楯無襲名の際に知りたくもなかった大人の汚い世界を見てしまったからだ。
「織斑先生はお姉ちゃんの事を『楯無』と呼んでいるんですか? それとも『刀奈』と呼んでいるんですか?」
「何故そんなことを知りたがる」
「教えてください」
簪が本気であることは、目を見れば理解出来た。一夏ははぐらかそうとも考えたが、簪の本気に免じて正直に答える。
「つい最近まで、人目が無い所では『楯無』と呼んでいたが、アイツに頼まれて『刀奈』と呼ぶようにしている。もちろん、生徒の前では『更識』と呼んでいるがな」
「お姉ちゃんが名前で呼んでとお願いしているのは、虚さん以外では織斑先生だけです」
「そうなのか? 布仏は『お嬢様』と呼んでいたと思うが」
「だからですよ。昔から自分を知っている虚さんには、本当の名前で呼んでほしいのでしょう」
「本当の名前……か」
一夏が何に引っ掛かったのか、簪には理解出来なかった。ただ遠くを見る目をしている一夏を前に、それを聞き出そうと出来なかったのだ。
「それで、何に行き詰ってるんだ?」
「はい?」
突如話題が変わった所為で、簪は何を聞かれたのか理解出来ず聞き返す。そんな簪の反応を見て、一夏は再び苦笑いを浮かべた。
「何のためにここに呼び出したんだ、お前は」
「あっ……」
その言葉だけで理解が追い付いた簪は、一夏にアドバイスを求めたのだった。
更識姉妹は何とかなりそうな気がしてきたな……