夕食は海の幸たっぷりの海鮮定食で、和食が好きな千冬と箒のテンションはかなり高まっていた。ちなみに、海外出身の生徒も多いので、椅子座と床座のどちらか選択する事が出来た。当然の如く、千冬と箒は床座を選び、意外な所ではシャルロットも床座を選んでいた。
「お前はあっちじゃなくて良いのか?」
「セシリアやラウラは椅子座を選んだから、てっきりシャルロットも向こうに座ると思ってたが」
「ボクは実家で日本の作法とかを叩き込まれたから。デュノア家の娘として恥ずかしくないようにってお父さんが」
「確かに所作とかは美しいんだが、その一人称は恥ずかしいとは思わなかったのか、お前の父君は」
「ラウラの信頼している人ではないけど、ボクのお父さんもちょっと日本の事を勘違いしてたみたい」
実際に日本に来て、シャルロットはその事に気付いた。だが一人称を変える事はせず、受け入れてくれた千冬たちには感謝の気持ちを持って付き合っている。
「一夏兄なら、これがどれほど新鮮なのか一目で見抜くだろうが、私たちは食べなければ分からないな」
「新鮮だという事は分かるが、どれくらい新鮮なのかは分からないな。一夏さんは料理に関しても優れているから、私たちでは対抗できないだろ」
「千冬や箒の話を聞いてると、織斑先生って本当に完璧超人なんだなって思うよ」
「妹の私ですら、一夏兄の欠点らしい欠点を知らないからな……」
「姉さんなら分かるかもしれないが、私たちが一夏さんの欠点を探そうとする方が無理だと思うぞ。何せ一夏さんは私たちの師匠でもあるんだから」
「どういう事?」
実兄であり兄のような存在だという事は知っているが、何故一夏が師匠になるのか、シャルロットには理解出来なかった。
「一夏さんは私の実家でもある篠ノ之道場の師範代だからな。本当ならば父上が稽古をつけてくれたりするべきだったのだろうが、何せ門下生が多かったからな、あの時は……」
「だから既に師範代になっていた一夏兄が私と箒に稽古をつけてくれていたんだ。お陰で他の門下生よりボロボロになってたがな」
「そんなに厳しかったの? その時って千冬も箒もまだ小さかったんでしょ?」
「そんなこと竹刀を握ったら関係ないんだ。もちろん、怪我をしないように加減はしてくれていたが、身内だからといって手を抜くような人ではないからな、一夏兄は」
「姉さんの事で苛立ってた時ですら、私たちに稽古をつけてくれてたからな。もちろん、私たちに苛立ちをぶつけるような事はしなかった」
「ちゃんと切り替えてたんだね。ボク、ますます織斑先生を尊敬しちゃうな」
普段なら食事中にこんな話はしないのだが、千冬と箒も旅行の空気に中てられて口が軽くなっているようだった。
「ねぇ、この緑のヤツも食べられるの?」
「あぁ、山葵か」
「上手いぞ。本わさだからな」
「へー」
そう言ってシャルロットは、山葵を箸で掴んで、そのまま口に運んだ。
「お、おいっ!」
「~~~」
「山葵は直接食べるものではなく、しょうゆに溶かしたり、刺身に少しつけて食べるんだ。私たちが食べてたのを見てただろうが」
悶絶するシャルロットに、千冬が水を差しだし箒が背中をさする。漸く辛さから解放されたシャルロットは、涙目で二人に頭を下げた。
「ありがとう、もう大丈夫」
「まさか全部食べるとはな……さすがに予想外だ」
「だって、美味しいって言うから」
「それで、感想は?」
「辛かった。それしか分からないよ」
「まぁ、あれを全部行けばそうなるな」
「先に言ってよー!」
シャルロットの抗議に、千冬と箒は思わず笑いだしてしまった。
「やかましいぞ! 静かに喰えんのか、貴様らは」
「い、一夏さんっ!?」
「一夏兄!?」
「学校行事中は織斑先生だ、馬鹿者」
「「ごめんなさい……」」
「行き過ぎない限りは注意しないが、さすがに騒がし過ぎだ。旅館に迷惑をかけるようなら、昼に相川たちに課した罰をお前たちにもくれてやろうか?」
「は、反省しました!」
「以後騒がしくしない所存であります」
相川たちに課した罰という単語に、千冬と箒は正座したまま飛び上がり、そしてそのまま土下座の格好になった。
「分かれば宜しい。邪魔したな」
ただ注意しに来ただけなので、一夏はそのまま姿を消し、一瞬の静寂の後、食事の場に音が戻った。
「こ、怖かったね……」
「あれでも十分加減して怒ってるんだぞ?」
「一夏さんが本気で怒ったら、何人か気絶してただろうし」
「何度目か分からないけど、本当に人間なの? 織斑先生って」
「少なくとも私と同じ両親から生まれてきたんだから、人間なんじゃないか?」
「そこは自信をもって断言してよ……」
「いや、妹である私ですら、時折人間離れしてるなと思うから……」
千冬の自信なさげな答えに、シャルロットはますます不安を懐いたのだった。
羽目を外し過ぎるのは駄目だろ……