ビーチバレーは、一進一退の末鈴チームが十対九で勝利を収めた。
「あ、あたしが本気を出せば当然よね……」
「鈴、そんなに私たちに命令したかったのか?」
「最後の方、かなりムキになっていただろ」
あまり運動量は変わらないのに、鈴は息も絶え絶えと言った感じなのに対して、千冬と箒はケロッとしているのがギャラリーには印象的だった。
「ところで、何故相川たちは倒れ込んでいるんだ?」
「まややをからかって遊んでたら織斑先生に遭遇して、その場からあそこの防波堤までを三往復するように命じられたのよ……」
「七月のサマーデビルと言われた私が……」
「それ、誰が言ってるんだ?」
本気なのかボケなのか分からない発言に軽くツッコミを入れ、千冬と箒は鈴の方へ視線を戻した。
「それで、勝者の鈴は私たちの何をやらせるつもりなんだ?」
「あ、後であたしの部屋に来て、全身マッサージを頼むわ」
「そんなことならお安い御用だな。一夏さんと姉さんに仕込まれたマッサージ技術、今こそ発揮する時だ」
「な、なんだか怖くなってきたんだけど……大丈夫なんでしょうね?」
「めちゃくちゃ痛いが、その分効果は保証する。全身の疲れが一瞬で溶けていく感じだ」
「ちょっとまって!? めちゃくちゃ痛いのっ!?」
「あぁ。一夏兄がやってくれた時、その場で死ぬんじゃないかと思う程痛かった。だが、終われば全身が楽になっていた」
「そのお陰で翌日の大会ではいい結果を残せたんだよな」
「一夏さんがやれば効果あるのかもしれないけど、アンタたちで大丈夫なの? 痛い上に疲労がたまるようじゃ困るんだけど」
鈴の心配は尤もだったが、何故か二人とも自信満々で笑みを浮かべているのだ。
「安心しろ。束さんが実験台になってくれたから」
「姉さんを被験者として、一夏さんが実践で教えてくれたからバッチリだ!」
「何をしたら実験台にされるのよ……」
世間では大天災と恐れられている束が、この二人のマッサージの練習に付き合わされる理由が鈴には分からなかった。鈴だけではなく、周りで話を聞いている全員が首を傾げているが、千冬と箒にとっては束がそんなことに付き合わされる理由など一つしかないと分かっているので、あっさりと理由を話した。
「一夏さんにちょっかいを出し過ぎて、説教された後に罰として私たちの練習に使われただけだ」
「あの時は確か、一夏兄が入ってると分かっていて風呂場に突撃したんだっけか?」
「トイレをピッキングして、一夏さんの排泄物を手に入れようとしたんじゃなかったか?」
「えっ……篠ノ之博士ってそこまで変態なの?」
「あの人は純度百パーセントの変態だぞ?」
「対象は一夏さんしかいないけどな」
世間のイメージなど幻想でしかないと常日頃から一夏が言っているのを聞いている二人としては、束がどんなイメージを懐かれているかなど気にせず、本性を話しただけなのだが、束に憧れを懐いている人間からしてみれば、今の発言で受ける衝撃は計り知れないものだったに違いない。
「というわけで、私たちのマッサージの腕は、一夏兄からお墨付きをもらうくらいだから、安心してマッサージされるがいい」
「痛すぎて気絶するかもしれないが、目が覚めればスッキリしている事間違いなしだからな!」
「怖いわっ! ただ、疲れが本当に抜けるならありがたいけどね……それよりも、周りの人のフォローはしなくてもいいわけ?」
「フォロー? 何に対するフォローだ?」
「篠ノ之博士が変態だと知らされてショックを受けてる人へのフォローよ! 何かないわけ?」
「ショックを受けるのは勝手だが、姉さんの本性は変態だからな……どうフォローしようが追い打ちにしかならないと思うぞ?」
「現在進行形で一夏兄のストーカーを名乗ってるくらいだからな」
「えっ? ストーカーを自称してるの?」
「誰に何と思われようが気にしないからな、あの人は」
散々一夏に怒られているのに、ストーカー行為を止めないのだから、一夏にどう思われようとも気にしていないのだろうと、千冬も箒もある種の諦めを以て束に接しているのだ。
「ただまぁ、本気で一夏さんに無視されでもすれば、姉さんも改心するのかもしれないがな」
「いや、既に数ヶ月無視しただろ。それでも治らなかったから、一夏兄も諦めたんだろうが」
「そうだったか? まぁとにかく、世間が姉さんに懐いていたのは幻想にすぎないから、早いところ姉さんへの考え方を改める事をお勧めする」
「もし私たちの言葉が信じられないのなら、一夏兄にも聞けば分かると思うからな」
「それじゃあフォローじゃなくてトドメじゃないのよ……」
「だから言っただろ? 追い打ちにしかならないって」
まったく悪びれない二人に対して、鈴は自分が懐いていた篠ノ之束像を改める事にしたのだった。
イメージなんて、大抵間違ってますから