とりあえず落ち着きを取り戻した真耶にビーチの監視を任せて、一夏は人気のない森に足を踏み入れ、待ち人が現れるのをじっと待った。
「やっぱりいっくんを誤魔化すのは無理だったか~。さっき『周辺五キロに気配はない』とか言ってたのに、ちゃんと気づいてるんだから」
「お前が側にいるなんて更識妹の前で言えば、余計な不安を懐かせることになりかねないからな。アイツはお前に殺されかけたんだから」
「殺すつもりなんて無かったんだけどな~。ちょっとISに対して恐怖心でも懐いてもらえば、そのまま引退して箒ちゃんたちにもチャンスが、とは思ったけど。というか、そもそも束さんがあんな有象無象に執着するわけ無いじゃない」
「お前が何とも思ってないのは分かってるが、向こうはそういうわけにはいかないんだよ! 普通、人間は自分を殺そうとした相手を許せるものではないし、恐怖心を懐くものだからな」
「その言い方だと、束さんが普通じゃないみたいに聞こえるんだけど?」
「お前は自分が普通だと思っているのか?」
質問に質問で返した形だが、束は気にすることなく満面の笑みを浮かべて一夏の問いかけに答えた。
「束さんが普通だったら、世の中人間と呼べる相手はいっくんだけになっちゃうね~。ということは、いくら殺しても殺人にはならないから、束さんが普通だと言い張れば、どれだけ消し去っても無罪ということに――」
「なるわけないだろうが!」
「じょ、冗談だからそんなに怒鳴らないでよ。まったくいっくんはこういう冗談が通用しないのが玉に瑕だよね」
「お前のくだらない冗談に付き合うなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないからな。だいたい、そんな超理論を展開している時点で、お前は普通とは程遠いという事だ」
「そんなこと分かってるよ~。束さんやいっくんが普通だなんて、それこそ天地がひっくり返らないとあり得ないからね~」
「お前と同じカテゴライズなのは甚だ不本意ではあるが、俺も自分が普通だとは思っていない」
「そうだよね~」
「それで、今日は何の用で姿を見せた」
いつまでもくだらない話題で時間を潰すわけにもいかないので、一夏は強引に話題を変え、束もそれに付き合う事にした。
「ほら、もうすぐ箒ちゃんの誕生日だから、お祝いに来たんだよ」
「お前が? 何の厄介ごとも持ってこずに?」
「信用ないな~。いっくんは束さんの事が――」
「信じられない」
「まだ何も言ってないじゃないか~。でも、いっくんは束さんが言いたい事なんてお見通しなんだね~。これぞ以心伝心!」
「馬鹿な事言ってる暇があるなら、何をしでかそうとしているのか白状しろ」
「とっても面白くなること、とだけ教えておくよ。もしかしたら、世界の縮図が変わるかもしれないよ~」
「……なんだか頭痛がしてきたんだが」
「それじゃあ束さんの膝枕でゆっくり寝ると良いよ! さぁ、カムカム」
本気で膝枕をするつもりの束に、一夏は盛大にため息を吐いて殺気を飛ばした。もちろん、この程度で束が大人しくなるとは思っていないが、当座を凌げば今は良いと考えたのだろう。
「それじゃあ束さんから一つだけ忠告を。空ばっかり気にして、海の事を疎かにしない事だね」
「密漁船でもやってくるのか? というか、本気で何をするつもりなんだ、お前は」
「いっくんの迷惑になるような事はしないつもりだよ~。いっくんの旧知の人間を助けるチャンスをあげるだけだから」
「旧知の人間? お前、アメリカで何があった!」
「そ、そんなに怒らなくても良いじゃないか。ちゃんと解決したら教えてあげるから」
そういって束は、一夏の前から姿を消した。束程ではないが、一夏も知り合いは多くないので、束が誰の事を言っていたのかはすぐに分かった。
「束が他人の為に何かするとは思えないが、助けるチャンスという事は、アイツが何か事件に巻き込まれているという事だろう……アイツは誰かに盾突くような性格ではないが、ISの事を本気で想っているから、そこで対立したのだろうか……」
少し考え込んだが、ビーチの方から悲鳴のような声が聞こえたので思考を現実に戻した。
「真耶、何かあったのか……って、何をしてるんだ?」
「相川さんたちが私の胸を揉もうとしてって、一夏さんっ!?」
「……相川、夜竹、櫛灘は向こうの防波堤までダッシュ往復三周!」
「「「は、はい!」」」
一夏に一喝され、真耶を襲おうとしていた女子生徒は全力でその場から逃げ出し、一夏に言われた通り往復ダッシュを始めた。
「あ、ありがとうございました」
「お前も一人で振り解けるくらいにはなれよな」
「私が言っても聞いてくれないんですよ……」
情けない声を出す真耶に、一夏は束の相手をしていた時とは違う理由でため息を吐いたのだった。
まだ罰が軽いかな