千冬たちが更衣室に入ると、丁度鈴とルームメイトのティナ・ハミルトンが着替えていた。
「さすがアメリカ、何もかもがデカい……」
「国が関係してるなら、鈴だって大きくないとおかしいんじゃない?」
「それは戦争の申し込みで良いんだな?」
「良いわけ無いでしょ、たく……というか、織斑先生がいる前で暴れようものなら、砂に埋められるとか言ってたのは鈴でしょうが」
「まぁね。一夏さんならそれくらいしそうだし」
「それで済めばいいがな」
ちょうどいいタイミングだと判断したのか、千冬が鈴に話しかけた。
「やっと来たのね。あたしは先にビーチにいるから、さっさと着替えて出てきなさいよね! ビーチバレーで勝負するんだから」
「勝負と言っても、鈴は誰とペアを組むつもりなんだ?」
「こういうのが得意そうなセシリア、あたしとペアを組まない?」
「お誘いは嬉しいのですが、何分やったことがないものでして……上手くできるかどうか保証しかねます」
「そうなの? じゃあシャルロットは?」
「ボクもそれほどやった事ないからなぁ……」
「別に経験があれば良いわよ。セシリアも、それほどガチな勝負じゃないんだし、楽しめばそれでOKよ」
「ならラウラは私たちのチームに組み込んで、三対三で勝負するというのはどうだ?」
「そっちが若干有利なチーム決めになってる気がしないでもないけど、さっきも言ったように、楽しんだもの勝ちだもんね。それじゃあ、先に行って準備しておくわ」
そう言って更衣室から飛び出していった鈴を見送り、千冬たちも着替える事にした。
「覗きの心配はしなくても良いし、貴重品を盗もうとする輩もいないだろ」
「そもそも、一夏さんがそんな輩の気配を見逃すとは思えないしな」
「一夏教官の気配察知はすさまじいものがあるからな。昔、一キロ先に潜んでいた敵兵の数を言い当てた事があったし、訓練中にはぐれた仲間を瞬時に見つけ出したこともあったからな」
「やっぱり人間とは思えないよ……織斑先生って、どんな訓練を積んでああなったの?」
シャルロットの問い掛けに、千冬たちは顔を見合わせて黙り込んでしまう。
「何で何も言わないのさ……」
「いや、そう改めて聞かれると、私たちもどんな訓練をしているのか知らないなと思ってな」
「一夏さんは私たちに稽古をつけてくれていた後、誰もいない道場で修行していたからな……あの人が修行している姿を見たことがない」
「私は指導してもらっただけだからな……一夏教官が訓練しているところは見たことがない」
「それでは、織斑先生が訓練しているところを誰も見たことがないのですか?」
「姉さんや父ならあるいは見たことがあるのかもしれないが、少なくとも私たちは無いな」
箒の言葉に、千冬も数回頷いてから口を開く。
「一夏兄は何でも出来るようなイメージがあるからな。影で努力しているのは分かっているのだが、その努力を人に見せない節があるんだ。それでも、私たちが修行する時間よりも遥かに短い時間で会得するのだとは思うがな」
「それは何となくボクでも分かるかも……織斑先生が苦労してるイメージが持てないし、織斑先生が苦労するような事なら、ボクたちには一生かかっても無理なんじゃないかって思える」
「それは言えていますわね。私たちと織斑先生とでは、才能に差があり過ぎますし、努力の質も違うでしょうから」
「世間では姉さんの事を天才だともてはやしているが、私たちからすれば、一夏さんの方がよっぽど天才であり秀才だと思っているんだ」
「束さんは出来る事しかやらないからな……一夏兄のように、始めは出来なくても後から出来るかもしれないという考え方をしない人だから」
「そもそも一夏さんだって、最初っから家事や武芸に秀でていたわけではないと私は思ってる」
「才能はあっただろうが、それも努力して伸ばしていった結果が今なんだろうな」
しみじみと考え込む千冬と箒だったが、鈴が外で待っている事を思い出して一夏の凄さに酔いしれるのは止めた。
「とりあえず言える事は、努力しなければ何にもできないという事だな」
「私たちもまだまだ努力して、何時かは姉さんや一夏さんの手伝いが出来るようになりたいと思っている」
「お二人のお手伝い、ですか?」
「変な風に歪んでしまった世の中を、出来るだけ元の姿に戻そうとしているんだ。まぁ、姉さんは一夏さんが過ごしやすいようにとしか思ってないだろうがな」
「あの人は一夏兄至上主義だから」
「そうなのですか。ならばその世界の実現のため、私もお手伝いさせていただきますわ」
「ボクも微力ながらお手伝いさせてもらおうかな。もちろん、今はまったく力になれないだろうから、しっかりと努力しなきゃだけど」
「そうだな」
妙な結束が生まれ、五人は気持ちを一つにして水着に着替えたのだった。
更衣室で何語ってるんだか……