最終下校時間が近づき、千冬と箒の訓練はとりあえず終了した。途中からただ動かすだけでなく、互いを的にした攻撃などの確認をしていたので、それなりに体力は消耗していた。
「それじゃあ、後はいっくんに任してあるから、いっくんが寮からいなくなる前に会っておいた方が良いかもね」
「姉さんも、一夏さんがIS学園敷地内で生活していたと知っていたんですか?」
「当たり前じゃんか! 愛しのいっくんが何処で何をしているか、常日頃からチェックするのは束さんの生き甲斐だからね~」
「一夏兄が聞いたら『変態』って言いそうですね、その生き甲斐は……」
「実はいっくんに言われた事があるから、ちーちゃんに言われてもなんとも思わないけどね~」
既に一夏に知られており、既に怒られているのにも関わらず続けているとは、さすがの箒も姉に向ける視線が些か冷たく、鋭いものに変わっていた。
「まぁまぁ、いっくんに魅了された束さんは、いっくんを一定時間見ないと禁断症状で身体が震えちゃうんだよ」
「なんですか、それは……」
「それじゃあ、いっくんによろしく言っておいてね~! それから、この天井はその内直すって言っておいてね」
「その内って……姉さん、一夏さんに殺されますよ?」
「うっ……今夜中に直しておくって言っておいてね」
そう言い残して、束は自分が開けた穴から去っていった。相変わらずの束の姿に、千冬と箒は少し安堵したが、彼女の為人を知らなかった簪と本音は、終始ポカンと口を開けたままだった。
「あれが…世界的な発明家で、ISの生みの親である篠ノ之束……なんだか、イメージと違う」
「姉さんは他人に興味がないからな。認識できる『人間』は、私と千冬、後は一夏さんくらいだ」
「簪には興味を持ったみたいだけどな。あの人がアドバイスするところなんて、私たちでも初めて見たぞ」
「あれってアドバイスだったの?」
何だか貶されたように感じていた簪は、束と付き合いの長い千冬と箒の言葉に首を傾げる。あれでアドバイスしているつもりなら、随分と語彙力が低いのだろうと思った。
「基本的に興味がないから、かける言葉もいい加減になりがちだからな。とある研究所で、苦戦する研究員に『凡人は凡人だから気にするな』と言ったらしいが、本人は励ましたつもりだったのだから驚きだ」
「束さんが意図したのは『出来ないことは出来る人に任せればいい』といったニュアンスだったらしいがな」
「我が姉ながら、励ますつもりが袂を分かつ原因になったのに気が付いていないから驚きだ」
「………」
二人の会話を、簪ははるか遠くで話しているように感じていた。自分の姉の言葉も、もしかしたら自分が受け取ったニュアンスと違う意味があったのではないかと、その事に気付いてショックを受けている自分に驚いていたからだ。
「かんちゃん? そろそろ寮に戻らないと、織斑先生に怒られるよ?」
「えっ? あっ、そうだね……千冬と箒は織斑先生に報告しなきゃいけないし、早いところ戻らないと」
「俺がどうかしたか?」
「あっ、一夏兄……」
「織斑、篠ノ之。明後日までにこの書類に目を通し、サインしておけ。これが無いと専用機の所持が認められないからな」
「「分かりました」」
一夏から手渡された書類の束に、千冬と箒は内心ため息を吐きたい衝動に駆られたが、一夏の前でため息など吐こうものなら、何を言われるか分からない。その経験から二人はグッと息を呑み込んで頷いた。
「あっ、一夏さん」
「何だ?」
「姉さんからの伝言です。あの穴は今夜中に直しておくとのことでした」
「そうか。まぁ、今日中に直るなら問題にならないだろうな。織斑、篠ノ之、更識、布仏、この事は他言無用で頼む。事後処理が面倒だ」
「「「「分かりました」」」」
異口同音に答えた四人に、一夏は苦笑いを浮かべながら頷く。彼女たちが悪いわけではないのだが、強要したようで心苦しいのだろうと、千冬は一夏の苦笑いをそう受け取った。
「織斑先生……」
「何だ、更識」
「今度、お時間いただいても宜しいでしょうか?」
「具体的には何時だ」
「……明日の放課後など如何でしょうか?」
「構わない。では放課後、HRが終わったら整備室にいろ」
「はい」
「それじゃあな。俺は帰る」
一夏は全員に目を向けて「お前たちも早く帰れ」と言い残してアリーナから去っていった。
「簪、一夏兄に相談でもあるのか?」
「ちょっと、気になることが出てきてね……織斑先生、お姉ちゃんと旧知だから、その事で相談してみようと思って」
「お前も大変だな……」
姉で苦労している箒は、簪に同情的な視線を向け、彼女の肩にポンと手を置いて首を左右に振った。そんな態度を取られた簪も、ついさっき見た束の行動で箒が苦労してきたんだろうなと思い、同情的な視線を返したのだった。
似たもの通し感じ取れるものがあるのだろうな……