食堂が閉まるギリギリまで生徒会業務をしていた楯無たちは、夕食を摂ろうと食堂に向かおうとしたが、一夏に連れられて調理室に来ていた。
「一夏先輩、早くしないと食堂が閉まっちゃいますよ?」
「あれだけの仕事をした褒美だ。晩飯は俺が用意してやろう」
「織斑先生が、ですか?」
「虚ちゃん、知らないの? 一夏先輩の料理の腕はそこらへんの食堂になら楽々勝っちゃうくらいなのよ?」
「大袈裟な気もするが、とりあえず食べられるものだから安心しろ」
虚にそう説明しながら、一夏は手際よく調理を進めていた。
「本当にハイスペックなんですね、織斑先生は」
「一夏先輩みたいな人を『完璧超人』っていうんじゃないかって、昔真耶さんと話してたくらいだもの」
「誰が超人だ。まったく、刀奈も真耶も、人の事を大袈裟に見過ぎだろ。これくらい少しやれば出来るようになるだろうが」
「私は出来ませんでしたよ? もちろん、真耶さんも」
二人とも料理が苦手ではないが、一夏と比べたら全然出来ない部類になってしまうと思っていたので、この返しに一夏は首を一度だけ左右に振って作業を再開した。
「篠ノ之博士が一夏先輩を嫁に欲しいって言ったという噂も、あながち嘘ではないんじゃないかって思いますよ」
「そんな噂が流れてるのか? 間違ってもあんな変態と結婚するつもりは無い」
「じゃあ一夏さんの理想の結婚生活って、どんな感じなんですか?」
「随分と今日は積極的だな」
三人分の料理を作り終えた一夏は、気まぐれに楯無の話に乗ることにした。
「結婚生活か……考えたことも無いな」
「織斑先生は、結婚したいとか考えなかったんですか?」
「自分の事に時間を割いている余裕がなかった、というのが正直なところだな。千冬や箒の保護者代理として、あいつらが成人するまでは面倒を見なければならないし、変態駄ウサギの相手なんかもしなければならなかったから、恋愛などしてる暇がなかったな」
「じゃあそれが片付いたら、誰かと付き合ってみようとか考えるんですか?」
「どうだろうな……束曰く、俺は世捨て人らしいからな」
あながち間違っていないと一夏も思っているので、その事に対しては束にツッコミは入れなかった。楯無と虚も少なからずそう思ってる部分があったので、思わず納得してしまった。
「そもそも一般社会に出る事が出来ない俺と結婚したがる物好きがいるとも思えん。暮らすにしてもこの敷地内でしか平穏な生活を送れないんだから。それかそれこそ本当に世捨て人として山奥で生活するかのどっちかだろう」
「一夏先輩なら、山奥でも問題なく過ごせそうですけど、学園が手放すとも思えませんしね」
一夏の指導力と運営能力は学園も十分理解しているので、一夏が辞めると言い出しても簡単には受け入れないだろうと楯無は思っている。もちろん、一夏が辞めれば他の教師も辞めだす可能性が高いので、学園としては絶対に手放さないだろうとも思っている。
「そもそも織斑先生がするべき仕事以外の仕事もしているのですから、辞めさせてはくれないでしょうね」
「ボーナスの査定が楽しみだが、恐らくさほど反映されていないだろうな……本気で辞めてやろうか」
「でも一夏先輩。教師を辞めて、何処で生活するんですか? まだ千冬ちゃんや箒ちゃんは成人してませんし、一夏先輩が平穏な生活を送れる場所があるとは思えませんけど」
「別に日本にこだわる必要はない。何処かの紛争地域で生活するのも悪くないだろ。もちろん、俺一人ならという条件付きではあるが」
「さっきのお付き合いするか否かって話題に戻りましたね」
「このままだと本当に束と結婚するしかないとか言い出しそうだしな……」
「誰がですか?」
「決まってるだろ」
そんなことを言い出す人間など、この世に一人しかいないということは、一夏の疲れ切った表情から楯無も虚も理解した。
「でも、二人の遺伝子を受け継いだ子供は見てみたい気もしますね」
「こんな社会不適合者二人の遺伝子を受け継いだところで、社会不適合者になるだけだろ」
「最強の頭脳と戦闘力を受け継いだ子ですから、かなり期待されるでしょうね」
「万に一つもそんなことはあり得ないがな。そもそもあいつをそういう目で見たことなど一回もないし、これからもないだろう」
「一夏先輩にとって、篠ノ之博士ってどんな相手なんですか?」
「出来る事なら縁を断ち切りたい相手だな。あいつに付き纏われて迷惑してるんだ、こっちは」
「ですが、一夏先輩しか篠ノ之博士のストッパー役は務まりませんし、篠ノ之博士を野放しにする危険性は、一夏先輩が一番理解しているのではありませんか?」
楯無の問い掛けに、一夏は疲れ切った顔で頷き、そして頭を掻く。
「俺はあの駄ウサギの枷ということなんだろうな」
本当に嫌そうな顔で呟いた一夏を見て、楯無と虚は大声で笑ったのだった。
可愛そうな一夏