千冬たちが簪・本音ペアの祝勝会で盛り上がっている頃、生徒会室では楯無が虚に見張られながら仕事をしていた。
「ねぇ、虚ちゃ~ん」
「駄目です」
「まだ何も言ってないじゃないの~!」
「お嬢様が言いたい事など、だいたい予想が付きます。簪お嬢様の祝勝会に乱入したいんでしょう」
「そんな派手に加わるつもりは無いけど、直接『おめでとう』くらい言いたいのよ~! 一夏先輩経由でケーキは渡せたけど、それだけじゃ満足できないのよ~!」
「では、この仕事の山を終わらせることが出来たら、行っても構いません」
「この山をって……後どれだけあるのよ~!」
ここ数日ロシアの方へ行っていた所為もあるが、生徒会室には書類の山が所狭しと積まれてる。少なく見積もっても、数百件の案件が溜まっているのだ。
「私がいない間、虚ちゃんが処理しててくれたんじゃないの?」
「私は本家の用事で休んでいましたので、その間この学園の生徒会役員は本音ただ一人です」
「本家の用事って、私は頼んでないわよ?」
「お嬢様とは別件の用事で、可及的速やかに解決すべき案件でしたので、お嬢様の名代として私が呼ばれたのです」
「ご当主様には連絡の一本も無しに?」
「お嬢様、海外遠征中は基本的に携帯の電源を切りっぱなしにしていますよね? 連絡が付かないからと私が駆り出されたのですが」
「だって、行きたくない海外で活動してる最中に、聞きたくない仕事の話なんて迷惑だもの。だから、基本的には携帯の電源は私が使う時以外は切ってるの」
「だから私がお嬢様の代理として本家の仕事を片付けなければいけなかったのです! お嬢様の思考を一番理解しているのは私だからと……」
虚の愚痴が本格的になってきたので、楯無は仕方なく書類の山に手を伸ばして目を通す。
「だいたいこの量を二人で片付けろっていう方がおかしいのよね……」
「では簪お嬢様を生徒会に引き入れますか? お嬢様との関係は微妙なままですが、簪お嬢様の事務作業速度はかなりのものですから」
「簪ちゃんが入りたいって言うなら良いけど、無理強いは出来ないわよ」
「そういう配慮は出来るのに、どうしてストーカー紛いの行動は止められないのでしょうね……」
楯無の変態性に呆れながら、虚も溜まっている書類に手を伸ばして処理を進めていく。
「やっぱり優秀な人は必要よね……昨日も思ったけど」
昨日は学年別トーナメントを見学させろという政府連中への対応で終わってしまったが、それ以外でもこれだけ案件が溜まっているのだから、優秀な人材を欲するのも当然だろう。
「昨日の件は織斑先生が最終的に片づけてくれましたが、こればっかりは頼るわけにもいかないですよ。織斑先生だって、ご自身の仕事があるわけですし」
「今回の大会のデータの打ち込みとかでしょ? 真耶さんでも出来ると思うのに、何で一夏先輩にお願いするんだろう……」
「その方が確実だからではありませんか?」
「虚ちゃん、それ問題発言よ? 真耶さんの事を教師失格だと思ってるわけ?」
「そんなことありません。ですが、織斑先生と比べれば、誰でも確実性は下がりますし、作業効率も悪いと言わざるを得ないのではありませんか?」
「まぁ、一夏先輩はいろいろと常識の範囲外に位置するからね~」
一夏は束の事を『人外』と称する事が多々あるが、楯無からすれば一夏も十分その『人外』なのだ。
「確かにあの作業スピードがあれば、いろいろと仕事が楽でしょうけども、あれを普通の人間に真似しろっていう方が無理よね」
「お嬢様もなかなかの人外だと私は思いますけどね」
「どの辺りが?」
「血縁の妹に性的興奮するあたりが」
「別にそんな事してないわよ!? 私はただ、簪ちゃんの成長を見守ってるだけで、興奮したりなんてしてないんだから!」
「そうでしょうか? お嬢様が大事にされている簪お嬢様の写真を、本人にお見せしたらどうなるでしょう?」
「べ、別にキワドイ写真なんて撮ってないからね?」
『失礼するぞ』
楯無が慌てふためいたタイミングで、扉の外から一夏の声が聞こえた。
「一夏先輩? 開いているのでどうぞ」
「更識、この案件はお前たちが処理すべきものなんだが――時間がかかりそうだな」
「昨日見た通り、これだけ仕事が溜まってますから」
「クソ忙しいのに政府の横槍が入ってたからな……なら仕方ないか。これはこっちで処理しておく」
「待ってください! お願いですから手伝ってくれないでしょうか? さすがに私と虚ちゃんの二人では、こんな量の書類を処理できませんので」
「妹はどうしたんだ?」
一夏の問い掛けに、虚は力なく首を左右に振る。それだけで理解した一夏は、ため息を吐いてから書類の山に手を伸ばした。
「やっぱり一夏さんが生徒会顧問になってくれませんか?」
「そんな面倒な事はしない。理由はお前も知ってるだろ」
「そうですけど……」
学園の警備という仕事があるので、一夏は何処の部活の顧問も担当していないのだ。楯無もそれを知っているので、ため息を吐きながら書類を処理していくのだった。
政府の横槍はほんと大変そうだ