ペアマッチ戦当日の朝、食堂では異様な空気が流れていた。そんな中何時も通り数人で固まっていた千冬たちは、それほど緊張感なく食事を済ませた。
「今日は敵同士とはいえ、試合中以外はそれほど身構える事もないだろ」
「そうだな。そもそも、場外乱闘なんてすれば、あっという間に一夏さんに怒られる事になるだろうからな」
「一夏教官に逆らってまで勝ちたいと思わないしな」
「私たちは専用機持ちという事で、周りから警戒されているようですわ。それでも、闇討ちなどが無かったのは、織斑先生が目を光らせていてくれたからでしょうか」
「たかが学校行事で闇討ちもクソもないでしょ。そもそも、この二人を襲ったところで、返り討ちに遭うのがオチだもの」
千冬と箒を指差してあっけらかんと言い放った鈴だったが、当人たちも頷いて同意したため、おかしな展開にはならなかった。
「ボクはそれほど候補生として活動してないから、みんなと比べたら一枚落ちると思うよ。ISもボクだけ第二世代だし」
「私のも一応第二世代。そもそも本音は訓練機だし」
「ほえ~……」
「コイツは何時まで寝てるんだ?」
「大丈夫、朝ごはんはちゃんと食べてるから」
「一夏教官に見られたら怒られそうな行動だが、特殊能力としては凄いと思うぞ」
寝ながら食べるという、本音の特技を称賛するラウラだが、簪は呆れながら本音の身体を揺する。
「そろそろ起きないと、いざという時に身体が動かないよ?」
「大丈夫だよ~……ちゃんと起きて……ぐー……」
「寝てるじゃない……」
人選をミスったかもしれないと、簪は今更ながらに本音の寝起きの悪さを計算に入れてなかった自分を恨んだ。
「さてと、本音が寝てるがそろそろ移動しないとな。我々参加者は更衣室に集合で、そこで対戦表が発表されるらしいからな」
「どうせならさっさと箒とセシリアペアと当たって、どっちが上かはっきりさせたいものだ」
「あたしは嫌よ。いきなり面倒な相手じゃない」
千冬は早く箒と戦いたいと願うが、ペアの鈴は勘弁願いたい様子で、シャルロットとラウラは二人の言い争いを眺めながら小声で話す。
「(ボクたちのペア、それほど注目されてないみたいだね)」
「(目立たないからこそ、我々が勝った時の快感は高まるんだと思うぞ)」
「(ラウラ、この間ケーキ食べてから目の色が違わない?)」
「(あんな素晴らしいものが無料で食べられるかもしれないんだ。本気で勝ちに行くに決まってるだろうが)」
「(何だかおかしなスイッチが入っちゃってるよ……)」
完全に甘い物につられた子供のような雰囲気になっているラウラに対して、シャルロットは一抹の不安を懐いたが、そんなことで冷静さを欠くようなら一夏に怒られると理解しているのか、ラウラの目は完全に甘い物に向いているわけではなさそうだった。
「ほら本音! そろそろ行かないと遅刻になっちゃうよ」
「ほえ~……」
半分以上寝ているが、本音は立ち上がってアリーナの更衣室目指して歩き出す。
「っと、あたしたちもいつまでもこんなバカ話してる場合じゃないわね。遅刻したら、その時点で失格扱いだものね」
「一夏兄は時間に厳しいからな……とりあえず、誰が相手だろうが無様に負ける事だけは無いようにしなくては」
「分かってるって。そもそも、アンタと箒、それから本音は点数稼ぎ目的なんだから、参加しておけばとりあえず良かったんでしょ?」
「せっかく訓練したんだから、早々に負けるのは癪に障るからな」
「昔っから好戦的だもんね、アンタたちは」
気合十分の専用機持ちグループを眺めていた参加者たちは、早々に目標を勝ちから無様に負けないようにしようという、非常にネガティブな目標に下方修正したのだった。
「ボクたちも行こうか」
「そうだな! 目標は優勝! だが、強敵と戦えるだけでも、それはそれで良いな」
「ラウラ、ちょっとおかしくなってない?」
「そんな事はないぞ? まぁ、一夏教官に私の成長を見てもらえると思うと、少し浮かれてしまってるのかもしれないが」
「ラウラは織斑先生の事を尊敬してるんだね」
「当たり前だろ? あの人ほど尊敬出来る人間はいないと思っている」
「まぁ、尊敬は出来るけど、ラウラがそこまで盲目的に織斑先生の事を尊敬するのは、何か理由があるの?」
「……その話は大会が終わった後にでもしてやろう。今は目の前の戦いだけに集中した方が良い」
「えっ、うん……(聞いたらいけなかった事みたいだ)」
ラウラのテンションがあっという間に下がったのを受けて、シャルロットは地雷を踏み抜いたのだと理解し、とりあえず大会に集中する事にした。更衣室に到着したラウラを見て、他のメンバーが何事かと気にしていたが、対戦表が映し出され、そんなことを考えている余裕は誰にも残されていなかったのだった。
ラウラはズレてるよな……