千冬と箒の訓練は簪と本音に任せて、一夏は校内の見回りを始めた。不審者など皆無に等しいこの学園だが、極まれに盗撮魔などが現れるのだ。
「――で? 何が目的で侵入したんだ?」
「いや~、取材を申し込んでも断り続けられているので、こうなったらもうアポなしインタビューしかないかな~っと思いまして……」
「不法侵入は立派な犯罪だ。今後IS界と隔離されたくなかったら、大人しく帰れ」
「はい……」
雑誌記者はトボトボと肩を落として正面ゲートから出ていく。その際にゲートに不審者登録されたため、今後許可なくここを通れば、すぐに警察の厄介になることになる。
「まったく……それで、敷地内で生活してる盗撮魔は、何時になったら出てくるつもりだ」
誰もいない茂みに声をかけると、その場から気配が生まれ、一人の少女が現れる。
「あはは……一夏さんに気付かれずに逃げられるわけなかったか」
「で、お前は妹との間に何があるんだ? 更識姉」
「周りに誰もいないですし、刀奈でいいですよ、先輩」
「……お前が『更識刀奈』だったのも、日本代表候補生だったのも昔で、今のお前はロシア代表の更識楯無だろうが」
簪の姉。IS学園生徒会長にしてロシア代表の更識楯無は、困ったように頭を掻きながら一夏に近づく。
「先輩のアドバイスのお陰で、私はロシア代表になれましたし、父が亡くなった時にも相談に乗っていただいたお陰で、こうして更識の当主である『楯無』の名を継ぐことが出来ました。ですが、先輩の前では昔のままでいたいんです……駄目でしょうか?」
「……はぁ。で、何で妹と距離が出来てるんだ、刀奈?」
一夏が名前で呼ぶと、楯無は嬉しそうに顔を上げたが、すぐに複雑な表情を浮かべる。
「一夏さんのところと、大して変わらないんですけど……一夏さんと千冬ちゃんの場合は、年が離れてるからそこまで深刻にならなかっただけですよ。箒ちゃんも同様です。ですが、私と簪ちゃんの場合は、年が近いから比べられると対抗心が生まれるんです」
「そんなものか……比べる対象だって努力してるんだが、周りはそれを見ずに比べ、そして失望するからな」
「その所為で! 愛しの簪ちゃんとゆっくり話す時間も、一緒にお風呂に入ることも出来なくなってしまってるんです!」
「……お前も大概シスコンだよな」
束とは別ベクトルだが、こいつも大概変態だと決めつけて、一夏は盛大にため息を吐いた。
「一夏さんだって、千冬ちゃんの事は気にかけてるでしょ?」
「俺はそこまで過保護じゃない。仕送りはしていたが、ここ数年まともに顔は合わせてなかったしな」
「それでよく発狂しませんよね……」
「お前、布仏姉に指導してもらった方が良いんじゃないか? あいつはそこまで妹に過保護じゃないだろ」
「虚ちゃんと本音は今でも十分仲良しですから」
「布仏妹が比べられても気にしてないからな、あそこの姉妹は」
本音の能天気な態度が、姉妹仲が悪くならなかった原因だと一夏も知っていた。だがそれを差し引いても、楯無の簪への溺愛っぷりは異常だと一夏には感じられる。自分も妹を持つ身としては、楯無の過保護っぷりは、逆に妹の成長を妨げているのではないか、とすら感じられるほどだ。
「更識妹には、少し周りと相談してみろとは言っておいたが、それで改善されるかは俺にも分からん」
「千冬ちゃんや箒ちゃんと仲良くなって、兄妹仲、姉妹仲をよくする秘訣なんかを教われば、きっと簪ちゃんも私に話しかけてくれると思いますよ」
「……お前らの場合は、比べられたのも原因だが、お前のその変態的思考が原因じゃないのか? いい年して姉妹でお風呂なんて、入りたくないんじゃないのか?」
「そんなことありませんよ! 簪ちゃんの成長を記録するのは、姉である私の役目ですから!」
「……とにかく、妹は周りと相談して改善、お前はその変態的思考を捨てれば、自ずと距離は近づくと思うがな。別に喧嘩してるわけじゃないんだし」
「やっぱそれが原因なんですかね……」
自分でも薄々勘付いてはいたようだが、楯無はそれが原因で簪と距離が出来たとは思いたくなかったようだ。俯いた楯無を呆れながら眺めていると、校舎から一人の少女の気配が近づいてきた。
「更識、また生徒会業務をサボってたのか?」
「うぇ? 何でそんなことを聞くんですか?」
「向こうから、凄いオーラをまき散らして布仏姉が近づいてくるから」
「げっ、虚ちゃん!?」
「お嬢様! また私に仕事を押し付けて!」
「ゴメンってば! ちょっと一夏さんに相談してたのよ」
「人がいる所では織斑先生だ。もう相談は終わっただろ? 本格的に布仏姉に怒られたくなかったら、しっかりと仕事を終わらせるんだな」
「それでは織斑先生、お嬢様を引き留めていただき、ありがとうございました」
「気にするな。俺にその気は無かったしな」
虚に引きずられていく刀奈を見送りながら、一夏は妹が訓練しているであろうアリーナを見詰め、苦笑いを浮かべ見回りを再開したのだった。
複数から慕われる一夏