ノーゲーム・ノーライフ I am a loser 作:飯落ち剣士
「……朝か」
西日が当たる眩しさに、海は目を覚ました。立ち上がると安宿らしくベットが軋む。
「今日は……そうだなんか届けんだったな」
先日の男との約束を思い出した。宿の部屋を見回すと、木製の小さな机の上に、布に包まれた何かがあった。昨日宿に来て海が起きてなかったら男に部屋に置いて行くよう言っていた。男はしっかりと置いていったようだ。
それと太陽光により充電していたタブレットを購入したバックに入れ、宿を後にする。といっても3泊取ってあるので、また来ることにはなるだろう。
男から教わった場所の住所を入力したタブレットを操作しながら、大通りを歩く。その途中、人々の話していることに耳を澄ませる。
どうやら今日が国取りギャンブルの最終日らしい。その舞台となるのは王城のようで、そちらへの人の流れが出来ている。
「ここか」
タブレットに書いてある住所の場所には、いかにもファンタジーな中世ヨーロッパ風の住宅街、その通りの角となる場所だった。
その角にある家のドアをノックする。そのノックに、足音が近づく。
ドアが開いた。
「はーい。……どちら様?」
「ある男に頼まれてこの荷物を届けに来た」
そう言って出てきた女に海は荷物を渡す。そして用は終わったとばかりにその場から立ち去る。海はすでにその女への興味を失っていた。
「ありがとうねー」
その後ろ姿に、荷物を渡された女は一応礼を言った。
荷物を届けたその足で、今度は王城へと向かう海。
(今は国取りギャンブルに参加するつもりはないけど、次期国王は見ておかないとな、最悪俺が参加することになる)
そんな時を思いつつ王城の門をくぐり、ギャンブル中の人々に目を向ける。
しばらく見物人に混じってギャンブルをしている人々を見回す海。
海の青い眼は、ある一点で止まった。
その視線の先でポーカーをしていたのは、死体を思わせる白色の肌を持つ少女。彼女は先程からスリーカード、フルハウス、ストレートと高得点の手を揃え続け、連勝を重ねる。そしてその近くには、フードを被った何者かがいた。
「……そうだよな、ファンタジー、魔法はあって当然か」
一瞬でその少女の勝因を魔法と看過した海は、その場の喧騒に紛れて王城へと忍び込む。幸い警備が手薄だった。
そして王城のある一室へと入る。
----図書館である。ここに忍びこんだ海の目的は情報収集だった。本がやけに少ないなと訝しむ海であったが、まあいいと割り切って本を手に取る。
そしていざ読もうと一冊の本を開いて、そこで手が止まる。
「文だけ別言語って、なんだよそれ」
本に書いてあるのは日本語ではなかった。5か国語を読み書きできる海だが、流石に異世界の言語は読めない。当たり前だが。
そもそもこの世界の住人に言葉が通じるのもおかしいのだが、今それを言っていても仕方がない。仕方がないのでタブレットを取り出して解読を始める。
*
海の異世界語解読と情報収集が終わり、海が王城から出る頃には、クラミー・ツェルと男の一騎打ちになっていた。2人を囲む人の群れをかき分け、その2人の言動を見て、2人とも他国の間者だと察する。
片方はおそらく魔法を使う
そして勝者はおそらくクラミーだ。そう予想する海。事実クラミーが押していて、協力者のフードからも余裕が垣間見える。
そしてついに勝負はクラミーの勝利で決着した。
「……ではクラミー・ツェルを女王とする。反対するものは名乗り上げ、勝負を挑め」
そう大臣が言うが、答える人はいない。それもそうだ、ここまで圧倒的強さで勝ち上がってきたクラミーに、今更挑む筈がない。そして海は流石に間者に人類の国を渡すわけにはいかないと、一歩前に足を踏み出そうとして、
「はいはーい!反対反対、超反対でーす!」
「そんなのに……王様、むり」
その足を、ある2つの声が止めた。
ざわめく城内、そしてその声を上げた男女はクラミーの方へと向かう。
「……あいつら、強いな」
そしてその勝負の行方を、海はそっと感じ取り、足を引っ込めた。
*
「……『 』だったのか。道理で強いわけだ」
魔法のチェスに勝利した兄妹、空と白の正体を
もし空白が引き分けのないゲームを持ち出した場合、空に人身掌握術が通用しない可能性が大きいため、海の『本来の意味での』敗北はほぼ確定する。
ならばここは、王は『 』に任せて次の手を打つべき。そう結論付けて王城を出る海。空と白はお互いのどちらが王になる決めるゲームをしている。あの感じならしばらく時間がかかるだろうと思い、海は次の目標を決める。しばらく酒場などで情報収集した後、ある人物に会うためあるカジノへと向かう。
「また会ったな、ディーラーくん」
「……またあなたですか」
昨日金を巻き上げたディーラーのいるカジノである。
「……何の用ですか」
昨日のことを根に持っているのだろう、賭けはもうあなたとはしませんよと言うディーラー。
それに海は答える。
「違う違う。今日は賭けのためじゃない。うまい話を持ってきただけ」
「……何ですか」
昨日のアレもあってか、警戒しつつ聞いて来るディーラー。だが、興味を持ったことを海は悟った。そしてその時点でディーラーは海の人身掌握術に嵌っている。
「簡単な話だ。お前、ディーラー辞めて経済大臣やらないか?」
「……は?」
唐突に何を言い出すのかと、目を細めるディーラー。
「今返事する必要はない。明日お前が経済大臣になれるようにしておくから、その時決めてくれ」
「そんなこと言われても……荒唐無稽な作り話しとしか思えないですよ」
困惑するディーラー、しかし海は一方的にまくし立てる。
「明日また来る。名前を聞いとく。俺は海」
「……僕はファルです。もしそんなことができたなら大臣にはなります。期待しないで待ってます」
そして、海はカジノを後にした。
その後海は、経済大臣の家の前に現れ、出てきた経済大臣の小太りした男と話す。やがてその男と、自らの宿がある酒場へ向かう。
……『____』の十八番、人身掌握の本領が発揮されようとしていた。
*
「でさー、仕事面倒なんだわー」
「分かります……たまにどうしようもなく行きたくなくなりますよね(職場行くようなまともな仕事はしたことないけど)」
酒場で経済大臣の男の愚痴をひたすら聞く海。男はすでにジョッキの6杯目を空にしている。対して海は茶しか飲んでいない。
……一応言っておくが、彼と海は今日が初対面である。
(こんな無能が今まで大臣やってたことに驚きだな)
あっさり海の信用させるための言動に引っかかり、馴れ馴れしくなった男。
この男、銀行の金の横領を始めとし、権力を手にやりたい放題である。海が酒場で収集した情報によると、部下の信頼も無く仕事も出来ない。王城の資料庫にあった報告書も杜撰の極み。
こいつなら、引き摺り下ろせる。
「そんなに仕事嫌なら変わってあげましょうか?そうだ!お互いの仕事を賭けましょうよ!」
「いいねいいね!やろう!」
「ゲームはポーカー、負けた方は勝った方の仕事を『少なくとも』3日間変わる。勝った方はその人が行動している間、職場に行くの禁止で」
「オッケー、よーし、勝っちゃうよー!
「
……気づいただろうか。この賭け、負けた方が勝った方の職を奪い、元の大臣を無職に出来る権限を持ち、なおかつ勝者は敗者が『行動している間』職場に行けず、期間が『少なくとも』、つまり無期限なことに。
そして『____』は、ワザとであると悟られないように敗北する、敗北のプロである……。
海はすでに、自らの
「よっし!スリーカード!」
「……ツーペアです!負けちゃったか……」
「じゃあ明日から仕事変わってもらうね!」
「はい、じゃあ僕はそれに備えて早く寝ます」
信頼を得るために口調まで変えている海は、そのまま酒場の階段を上がっていく。
「はいよー!」
それを確認した海は部屋に戻り、タブレットを開く。
酒場や大臣との会話、書庫で手に入れた情報を全てタブレットに入力、それに全ての力を使い切って海は眠りについた。
*
「というわけで今日から経済大臣代理の海だ。早速だが前任の経済大臣を解雇する」
唐突にこんなことを言ったら普通は驚く、が。何人か海の雇ったサクラが歓声を上げる。集団心理を利用した海の策略だが、これは前任の経済大臣が嫌われている前提だ。
が、その点においては心配要らなかったようだ。大臣の部下達は歓声を上げる。そしてそれは、多少なりとも部下からの信頼につながる。
「そして新しい経済大臣は王と同じくギャンブルで決めたいと思う」
そう言うと部下はどよめくが、そこまでの忌避感はないようだと、海は判断。その後定時まで雑務をこなし、部下の経済省的な建物を後にする。足を向けるのはカジノ。
「って事で、今日の午後ギャンブルで決まるから来い」
今までやってきた事をファルに話した。
「本当にやったんだ……でもギャンブルって僕勝てないかもですよね」
ファルが不安を口にするが、そこは安心しろと海が言う。
「経済省の奴らはそんなにギャンブル強くない。お前のイカサマスキルなら余裕だ」
「それを見破った人が何言ってるんだか」
それはそれ、これはこれと言って海は立ち上がる。カジノ出口に数歩歩いて、
「あ、この前のギャンブルの不正、ここのオーナーに話しといた。お前多分そろそろクビ」
「あんた本当何してんだよ⁉︎」
振り向いて爆弾を放ってカジノを去っていった。
「本当に経済大臣になれるならいいけど……」
ため息をつき、やってきたオーナーに引き攣った笑みを浮かべるファルだった。