ですので気長に待っていてください。
各々がテストの対策を前日の夜までし、ついにテスト当日を迎えた。
テスト当日の教室内はいつもの教室とは違う張り詰めた空気が漂っていた。いつもは騒いでいるクラスメートたちも今日ばかりは仲の良いものたちで、テスト前最後の確認をしていた。それもそのはず、今日の結果次第では退学者が出ることになるからだ。
高度教育高等学校1年生のテストは1日でまとめて行われる。高校1年生は詳しく分野が分かれていないからだ。テスト日程は、社会、国語、理科、数学、英語と予告されていた。
桐生はいつも通り起き、いつも通り教室にやってきて、最後の確認を一人でしていた。多くの人たちは集まって、ここはこうだよな?などと確認しあっているが、最後の確認は一人でする方が良いと思ったからだった。
みんな不安そうにしているが、多くの勉強をこの一週間でしてきたと桐生は思っていた。殆どのクラスメートたちが勉強会に参加し、昨日には過去問を受け取り、勉強をしたと思う。そんなDクラスなら誰一人として退学者を出すことなく、この中間テストを乗り切れる、と。
そうこうしているうちに時間は経ち、ホームルームが始まる鐘が鳴る。それとともに全員が着席し、茶柱先生が入って来るのを待つ。
「欠席者は無し、ちゃんと全員揃っているみたいだな」
緊張感が漂う中、茶柱先生が不敵な笑みを浮かべながら教室へと入ってきた。先生が現れたことにより、教室はさらに張り詰めた空気になる。そんな桐生たちを見回し、先生が続ける。
「お前ら落ちこぼれにとって、最初の関門がやって来たわけだが、何か質問は?」
「僕たちはこの数週間、真剣に勉強に取り組んできました。このクラスで赤点を取る生徒は居ないと思いますよ?」
平田が自信満々に答える。周りの生徒の顔にも自信が表れていた。
「そうだな、今回のテストと7月の期末テスト、この両方で赤点者がいなければ、お前ら全員を夏休みにバカンスに連れて行ってやる。青い海に囲まれた島で夢のような生活を送らせてやろう」
茶柱先生がご褒美をくれると言う。ここは一切の校外への外出を禁じている。その学校で一教師が自らの権限で生徒を連れ出せるか?…ないだろう。ということは夏には何か特殊なことがある。それを暗示しているのだろう。
しかし、クラスメートたちはそんな事微塵も気づいていなようだ。
「皆……やってやろうぜ!」
「「「「「うおおおおおおおお!!」」」」」
池君の言葉にクラスメイト(主に男子)が咆哮する。池が叫んでいるあたり、水着の女子を見たいという理由なんだろう。中には普通に楽しみたいから叫んだ人もいるんだろうが、女子からの冷たい視線が突き刺さっていた。
「な、なんだこの妙なプレッシャーは……」
茶柱先生は生徒(主に男子)から発せられる気迫に一歩後退していた。
しかし、この一件で張り詰めていた空気が少し和らいだ。結果的に良い雰囲気でテストに臨めそうになっていた。
話が終わり、全員にテスト用紙が回って来る。誰も喋らなくなり、時計の針の音だけが、カチッカチッと鳴り響く。
「始め」
短い先生の合図と共にみんな一斉にに表へと返した。桐生はまず、全ての問題に目を通し、問題が過去問と一緒かを確認した。
よし、ほとんどの問題が怖いくらい同じ答えだな。少なくとも一見しただけでは、違いを見つけることが出来ないほど、同じ問題が並んでいる。
バレないように周りを確認してみるが、誰一人として焦ったり困ったりしている様子の人はいなかった。みんな昨日の夜に過去問を仕上げたのだろう。
桐生も答えをゆっくりと当てはめていった。
数学までのテスト日程が終わり、休憩となった。各々最後の科目である英語の確認をしながら話しをしていた。
桐生は須藤、池、山内の三人衆がどうだったか気になったため、それを聞きに綾小路の元へと行った。
「綾小路、三人衆のテストはどんな感じなんだ?」
「桐生か、かなり良かったらしいぞ」
「楽勝だぜ!中間テストなんてな!」
「俺なんて120点取っちゃうかもな!」
二人は笑顔で答える。この様子だと手ごたえはかなりあったみたいだな。しかし、まだ英語のテストが残っているため、油断せず英語の過去問を持っていた。
「須藤くんはどうだった?」
櫛田が一人机に座って過去問を凝視する須藤君に声をかける。だが、須藤は問題を凝視していた気付いていないようだった。そして、その表情は暗く、焦っているようだ。
「……あ?わりぃ、ちょい忙しい」
須藤の額には汗が浮かんでいる。
「須藤、もしかして過去問をやれてないのか?」
「英語以外はやった。寝落ちしたんだよ」
桐生の質問に少しイライラしながら答える。つまり今初めて過去問に目を通していることになる。テスト開始まで残り10分程度しかない。
英語は慣れていない人から見れば呪文にしか見えない。しかもこの様子だとかなり厳しそうにみえた。
かなり焦っている須藤に堀北が席を立ち近寄る。そして、点数の高い問題と答えが極力短いものを覚えるようにアドバイスをする。今の状況でできる最善の策を教え、できる限りのことをする。
そして、時間は待ってくれず、英語のテストの始まりを告げる鐘が鳴る。他の生徒たちが穏やかにペンを動かす中、須藤だけは苦しんでいた。須藤は頭をコツンコツンと机にぶつけ、ペンを持つ手が止まる。しかし、もう誰も須藤を助けることは出来ない。須藤は自分の力で乗り切るしか手立ては無いのだ。
テストが終わり、桐生は須藤ところに向かった。皆が不安そうに声をかけるが、須藤は苛立ちを隠せないでいた。何故寝てしまったのか…と自分を責めていた。
「須藤くん」
「……なんだよ。また説教か?」
堀北が詰め寄ったため、須藤が再び説教をされるのだろうと思い諦めた様子だった。今回ばかりは自分が悪いと認めているのだろう。
「過去問をやらなかったのはあなたの落ち度よ。でも、あなたはテストまでの勉強時間、あなたはあなたなりにやれることをやってきた。手を抜かなかったことも分かっている。精一杯の力を振り絞ったのだったら胸を張っていいと思うわ」
意外な言葉にみながあっけにとられる。桐生も堀北がまた冷たい言葉を言って突っぱねるだろうと思っていたため、驚かされた、
「んだよそれ。慰めのつもりか?」
「慰め?私は事実を言っただけ。今までの須藤くんを見ればどれだけ勉強することが大変だったか分かるもの」
あまりの異様な光景にクラス全員が堀北に注目している。桐生は綾小路と顔を合わせて信じられないと話していた。
そしてさらに、クラス全員を驚かせる行動を堀北は取る。堀北が頭を下げたからだ。
突然頭を下げられたことに須藤も困惑している。
「私はあなたにバスケットのプロを目指すことは愚か者のすることだと言ったわ、でも訂正させて。私なりにあの後バスケットについて調べてみたの。するとバスケットのプロを目指すということは茨の道であることを知った。」
「だから諦めろって言いたいのか?」
「そうじゃない。あなたがバスケのプロを目指す厳しさは重々な分かっているはず。私は自分以外の人のことは理解する必要がないと思っていた。だから最初にあなたが話した時、侮辱をした。けれども今は後悔している。バスケットの難しさ、大変さを理解していない人間がその夢を馬鹿にする権利なんてありはしない。だから謝らせてちょうだい」
このときの堀北はとても丁寧に謝った。そして教室を後にした。
「な、なあ見たか今の。あの堀北が謝ったぞ!? それもすげぇ丁寧に!」
「うん、驚いたね……」
周りにいた全員が驚きを隠せないでいる。普段表情があまり変化しない綾小路も驚いた表情を隠せないでいた。
「や、やべえ……俺……堀北に惚れちまったかも……」
須藤は慌てたように自分心臓に右手を当て、焦ったように話していた。それほど堀北の謝罪は驚きだったのだ。
中間テスト結果発表日、茶柱先生は教室に入ってくるなり、簡潔に言葉を述べ、試験結果の書かれたポスターを黒板に張り出す。
そこには多くの生徒が高得点をとり、喜んでいた。その中、桐生は須藤の英語の点数だけが気になっていた。おそらく、クラスで赤点の可能性があるのは須藤の英語だけだろうと思っていた。事実、英語以外の教科は殆どの生徒が50点を越しているため赤点はないとほぼ言える状況であった。
そして運命を分ける英語のポスターが張り出された。
そしてポスターの一番下、そこには須藤の名前とともに39点と記されていた。
「よっしゃあ!」
須藤が立ち上がり喜びを示す。そんな須藤に茶柱先生は非情な宣告をする。
「お前は赤点だ、須藤」
手に持った赤のマーカーで須藤と上の生徒の間に線を引かれる。あまりに突然のことにみんなは唖然とし、須藤は茶柱先生に食ってかかる。
「どういうことだよ!俺が赤ってどういうことだ!」
「今回の赤点のラインは40点。そしてお前の点数は39点。これだけでどういうことか分かるだろう?」
「よ、40点?聞いてねえよ!納得できるかよ!」
「なら、お前にこの学校の赤点の判断基準を教えてやろう」
そう言って茶柱先生は黒板に簡単な数式を書く。
79.6÷2=39.8
「前回、そして今回の赤点の基準は各クラス毎に決められていた。そしてその求め方は平均点割る2。その点数以上がセーフ、それ以外がアウトだということだ。」
「…ウソだろ…俺が退学…?」
「ちなみに答案の採点ミスはない。確認したければするといい。ありえないだろうがな。そして赤点の基準である39.8点の小数点は四捨五入で計算される。以上だ。そろそろ1限目が始まる。私はもう行く。それと須藤、放課後職員室に来い。以上だ」
茶柱先生は教室を出て行く。須藤の回答を確認していた平田も間違っていなるところはないと分かり、誰もが須藤の退学を、取り下げる手段を失った。
須藤も、堀北も手立てを失って下を向いている中、桐生と綾小路は同時に教室の外へと出ていった。
途中須藤が呼ぶ声が響いたが、気にすることなく茶柱先生を追っていった。
茶柱先生が教科書を持たず来ていたことから職員室に一度戻るであろうと思い、急いで一回に降りると廊下に、窓から外を眺めている茶柱先生が立っていた。
それはまるで桐生や綾小路が追ってくることを知っていっていたようであった。
「どうした、綾小路、桐生。もうじき1限目が始まるぞ?」
「茶柱先生、答えて欲しいことがあります」
綾小路が質問をする。いいだろう、そう答えたため、質問をする。
「今の日本は…社会は平等であると思いますか?」
突然聞かれた仰々しい質問に少し顔を唖然とさせながらも答える。
「随分とぶっ飛んだ質問だな、綾小路。答えよう。私なりの見解で言えば、当然、世の中は平等なんかではない。不平等だ。」
「はい。オレもそう思います」
「何が言いたい?」
「オレたちのクラスには一週間テスト範囲変更の遅れがありました」
「その件に関しては職員室でも話したはずだが?」
「世の中は不平等であるが、平等にあらなければならないとされている」
「なるほど、学校に不平等を起こした分の対応を取れということだな?だが嫌だ、と言ったら?」
「それが正しいジャッジなのか、然るべきところに確認を取るまでです」
「惜しいな。お前の言い分は何一つ間違っていないが、その申し出は受け入れられない。須藤は退学だ。現段階ではそれは覆らない。諦めろ」
やはり含みのある言い方だ。現段階では覆らない。それは他の手段があると暗に示している。ここでも俺たちに何か気づかせようとしているのか。
「茶柱先生、俺からも質問があるんですがよろしいですか?」
「桐生か…いいだろう」
「ありがとうございます。ここ、高度育成学校において、ポイントを使って買えないものは存在しないんですよね?」
「ああ。確かに存在しない。ポイントを使えばどんなものでも手に入るだろう。それはお前たちが過去問を上級生から買い取ったようにな。桐生は2年生から、綾小路は3年から手に入れたと聞いて笑ったぞ。過去問を手に入れるという発想をするものは決して多くない。毎年数名はいる。だがな、過去問を手に入れてクラスで共有し、平均点の底上げを狙うといった考えをしたものはこの学校の歴史上誰もいない。そしてそれが二人もいたんだ。お前たちの発想の柔軟さは素晴らしい。誇るといい」
どうやら学校側はほぼ全てのことを理解しているらしい。特に俺の場合神室を通して2年生から手に入れたのにそれすら把握しているようだから完全に筒抜けなのだろう。そしてやはり綾小路が過去問を手にしていたのか。やはり侮れないやつだな。
そう考えていると綾小路が再び話す。
「茶柱先生、単刀直入に聞かせてもらいいます。須藤のテストの点数を一点売ってもらえませんか?」
桐生も同じ考えをしていたので重ねてお願いする。
すると茶柱先生は笑いながら答える。
「やはりお前たちは面白いやつだ。いいだろう。本来なら10万ポイントで売るところだが、特別にお前たちに9万ポイントで売ってやろう。どうだ?」
9万ポイントは一人では足りないが二人で割って払うのなら問題ない量だ。了承して払おうとしたところに一人の少女が現れる。
「私も出します」
背後に振り返るとそこには堀北が立っていた。
「いいだろう。須藤に一点を売るという話確かに受理した。お前たちの学生証は一旦預からせてもらう。いいな?」
「「「はい」」」
これにより波乱のあった中間テストをDクラスの生徒たちは誰一人として欠けることなく突破することができたのであった。
ちなみに桐生の中間テスト得点は
国語 89点
数学 94点
社会 100点
理科100点
英語 71点
です。桐生は素で英語が苦手なんで、低いんでこうなりました。