灰色騎士と黒兎   作:こげ茶

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セントアーク到着前までの微ネタバレ有り?
特別演習じゃなくて特務活動でした。訂正してお詫び申し上げます。


第1章:白亜の旧都
1話:特務活動の始まり


 

 

 

――――――特別演習。

 

 第Ⅱ分校の特殊カリキュラムであり、地方で行われる演習。今回の演習地はサザーラント州で、<白亜の旧都>セントアークの南に特別装甲列車デアフリンガー号は到着。演習地の設営が始まる一方で―――――Ⅶ組は<特務活動>の開始報告のため、セントアークに向かうことになった。

 

 

 簡単なブリーフィングの後、リィン教官以下、わたしたち特務科は出発することとなり。どういうわけか、クレア少佐もそこにいた。

 

 

 

「セントアークに向かうには徒歩で街道を行く必要があります。実はこの後、原隊に戻る前に侯爵閣下と打ち合わせする予定なのでよかったら同行させてください」

 

「え、そうなんですか!?」

「そういうことなら、ぜひご一緒して下さい」

 

 

 

 というか昨夜も思ったのですが、クレア少佐がいると本当に嬉しそうですねリィン教官。……相変わらず女性がいると機嫌がいい、というだけではないような気がしてなんだか胸がもやもやするものの、一応挨拶はしておく。

 

 

 

「よろしくお願いします、リーヴェルト少佐」

「ええ、アルティナちゃんも」

 

 

 

 ……まあ、この方が好ましいのは理解しやすいですが。でもやはりリィン教官とたびたび二人でこそこそと話していることもあり、不埒な感じはします。

 とはいえそんなこんなで出発か、と思ったのですが、相変わらずのリィン教官はまず演習地の中を見て回るつもりのようで。一人一人に話しかけては問題が起こっていないかを確認していきます。

 

 

 

―――――そして。

 

 

 

「魚に魔獣に昆虫に野草―――食材の宝庫と言っても過言ではありません!」

(そ、それにしても昆虫はどうかと……)

 

 

 フレディさんに話しかけたリィン教官は、何かに気づいたようで。

 それはともかく軽く“引いて”いるユウナさんにわたしも同意します。

 

 

 

(少なくとも食べ物という認識はありませんね)

 

 

 

 この流れ、任務での経験から言って食べることになりそうですが。

 ……リィン教官が食べて駄目そうでしたら退避しましょう。

 

 

 

「――――どうやら教官たちは色々な場所を巡られるご様子。ズバリ、自分の代わりに食材集めをお願いしたいのです」

「まあ、できる範囲でいいなら引き受けても構わないが……」

 

 

「では、『ムカゴ』と『ハチノコ』辺りを融通していただけないでしょうか」

 

 

 

 ムカゴは山芋の子ども、ハチノコは蜂の幼虫……。

 ……それなりに一般的な素材ではあるようですが。

 

 

(ふむ………一体どんな味がするんでしょうか)

 

 

 サバイバルの経験もあるらしいリィン教官が止めないのなら、酷い味ということはなさそうです。そしていつものように“お礼”でお裾分けをもらうことになるのでしょう。

 当然のようにリィン教官が引き受けたところで、ようやく出発することになりました。

 

 

 

 

 

 

 

「―――――わぁ、すっごくのどかで気持ちいいかも!」

「ああ、魔獣さえいなければピクニックにもってこいだな」

 

 

 

 なにやら賑やかなお二人とは対照的に、笑顔を浮かべながらも周囲を警戒するリィンさんとクレア少佐。

 

 

 

(――――クラウ=ソラス)

 

 

 

 なんとなく気になって、クラウ=ソラスに上空から魔獣を探知させる。

 すると少し遠くにライノサイダーと呼ばれる大型魔獣が街道の近くを彷徨っているのを発見し。

 すぐにリィン教官に報告するため、やや早足で近づく。

 

 

 

「―――リィン教官、ここから1セルジュほど先の地点にライノサイダーがいるようです」

「っと。ありがとうな、アルティナ」

 

 

「いえ、パートナーですし」

 

 

 言いながらもクレア少佐と二人で「何か」を警戒している様子は変わらず。

 それが気になったわたしは、いっそ訊ねてみようと思い。

 

 

 

「あの、リィン教官――――」

「――――動くな、アルティナ!」

 

 

 

 リィン教官が瞬時に抜刀し、斬撃が焔の衝撃波となってやや背の高い草を焼き払う。

 そこから飛び出してきたのは――――何かしらのポムっとした物体たち。

 

 

 

「―――そこっ!」

 

 

 

 戦術リンク――――リィン教官が怯ませた数匹のポムの額に、連射された魔導銃が冗談のような精度で全弾命中する。あまりに鮮やかな連携に呆然としつつも、上空にいるクラウ=ソラスを呼び戻す。

 

 

 

(………わたしの方が、リィン教官と行った任務は多いはずなのに)

 

 

 

 性能の差、なのだろうか。

 けれどもミリアムさんを見ていると、それだけではなく―――事前入力(プレインストール)されていない“感情”の差ような気がして。

 

 

 

「………すみません、リィン教官」

 

 

 

 ポムは短期的には大した脅威ではないものの、オーブメントのエネルギーや気力を奪っていくために長時間の活動では十分に気をつける必要がある。けれど、気配が殆ど無いために軽視しすぎてしまったようで……わたしも、半年間の受験勉強で鈍ってしまったのでしょうか。

 

 と、リィン教官はそんな私の考えを知ってか知らずか、何気なく私の頭に手を置いて言った。

 

 

 

「いや、アルティナは遠方をサーチしてくれてたからな。気にすることはないさ――――パートナーだろう?」

「……っ」

 

 

 

 たったそれだけで、気分が軽くなる。

 そう、何と言ってもパートナーなのだから、リィン教官の手が届かないところを支えるのが私の役目で―――――。

 

 

 

「それにしても、さすが少佐……お見事ですね」

 

「うんうん! 超っ絶カッコ良かったですっ!」

「短い間ですがオーダーなども遠慮なく頼って下さいね」

 

 

「………」

 

 

 

 なんだか弄ばれたような気がするのですが。

 ………やはりリィン教官は不埒ですね。特にリーヴェルト少佐がいらっしゃると。

 

 ジト目でリィン教官を見ていると、ふいにユウナさんが大きく手をあげます。

 

 

 

「――って、ずるいですよ教官! 私も! 私もクレア教官と戦術リンクしたいです!」

「ふふ、私は構いませんが……どうしましょうか、リィンさん」

「い、いえ。俺に聞かなくとも……」

 

 

 

 と、リーヴェルト少佐が不意にこちらを見て。つられてこちらに視線を向けたリィン教官とわたしの視線が合う。

 

 

 

「えーと、アルティナ? クラウ=ソラスが戻ってきたならリンクを繋ぐか?」

「……了解です」

 

 

 

 

 ……………なんだか、とても大人な感じです。

 

 自分が子どもっぽいとは思わないものの――――主にミリアムさんやクルトさん、ユウナさんと比べてですが――――クレア少佐の方が一枚も二枚も上手そうで。わたし自身もそうですが、リィン教官にも見習って頂きたいような気がしました。あとミリアムさんも。

 

 

 ………とはいえ、パートナーとしてクラウ=ソラスのパワーとサポート能力では負けるつもりはありません。わたしは次の魔獣を念入りにサーチし始め。何やらリィン教官がクルトさんと話しているのも捉えた。

 

 

 

「……悪いな、クルト」

「いえ、教官も大変そうですしお構いなく」

 

 

 

(……この場合、悪いのはリィン教官なのでは?)

 

 

 

 なんとなくそんな気がしますので。

 リィン教官は悪い人……ではないですが、不埒ですし。

 

 ユウナさんも早速クレア少佐と連携したいのか勢い込んで魔獣を探し始め。先程までのピクニック気分もどこへやら。

 

 セントアーク目掛けて突き進む一行は、哀れ何も知らずにこちらに突進してくる甲殻と牙を持った四足の大型魔獣、ライノサイダーを捕捉し。

 

 

 

 

「――――いたっ、魔獣! 行きましょう、クレア教官!」

「はい、支援は任せて下さいね」

 

 

「まずは機動力を奪う――――アルティナ、頼んだ」

「了解です――――<クラウ=ソラス>! ブリューナク、照射!」

 

 

 

 ストライカーモードで突っ込むユウナさんに戦術リンク経由で警告しつつ、最大パワーで照射される熱線こと<ブリューナク>。

 最新鋭の<戦術殻>の性能を見せるべく最大限に狙いを定めたそれは、容赦なくライノサイダーの顔面に直撃して怯ませ、体勢を崩させる。

 

 

 

「――――二の型、<疾風>! ユウナ!」

 

 

 

 まさしく戦場を斬り裂く風のように、一切の無駄を排除した高速の動きと、それに乗せられて放たれる斬撃がライノサイダーの四肢を斬り裂く。そして完全に転倒(ブレイク)したライノサイダーの顔面に迫るのは、ユウナさんのガントンファー。

 

 

 

「言われなくたって―――――せやぁあああッ! クレア教官、お願いします!」

 

 

 バチバチと帯電する、人間相手に使うと凄そうなトンファーが熱線で顔面の甲殻を剥がされたライノサイダーに直撃する。完全に気絶したように見えるライノサイダーの前に飛び込むのは、クレア少佐。

 

 

 

「<モータルミラージュ>!」

 

 

 

 

 怒涛の銃撃が容赦なく急所である顔面の、さらに致命的な部分を貫く。

 ロクに断末魔の叫びも上げられないままにライノサイダーは沈黙し。そのまま魔獣を駆逐しつつ北上しているとユウナさんがあることに気づく。

 

 

 

 

「あそこで何か動いているような……」

「あれは……魚が集まっているのか?」

 

 

 まさか魚まで狩るつもりなのでしょうか、ユウナさんは。

 クルトさんと二人でユウナさんのガントンファーに視線をやりつつ言う。

 

 

「……どうやらそのようですね」

「ああ、どうやら良い釣り場みたいだ」

 

 

 

 ……と、そういえば任務先でもリィン教官はかなり釣りに拘っていたような。

 何度か魚料理をご馳走したもらったことを思い出し、現在はまだ6時過ぎで朝ごはんもまだということもあってお腹が反応しそうになる。

 

 

 

「―――――みんな、興味があったら釣りをしてみないか?」

 

 

 

 リィン教官が提案し、そういうことになった。

 リィン教官の竿を渡されたわたしは、想定外の重さによろめきそうになりながらも言った。

 

 

 

「………想像以上の大きさです。その、これでは狙いが定めにくいのでは?」

「いや、軽く振りかぶって投げれば――――いいか、こうやって」

 

 

 

 と、リィン教官が背中側からわたしの腕を持って竿を振ろうとする。

 すると竿の先端の仕掛けは見事な弧を描いて魚の近くに落ちた。とはいえピッタリとリィンさ……リィン教官に包み込まれているような姿勢のために妙に落ち着かないのですが。……落ち着くといえば落ち着きますが、妙に胸が苦しいというか。

 

 

 

「………なるほど。ちなみにこの体勢に不埒な意味は」

「ありません。って、もう言わないんじゃ無かったのか?」

 

 

 

「……………いえ。なんだか、とても不埒な気がしたので」

「………不埒な意図は無いからな?」

 

 

 いいながら、素早く離れるリィン教官で。

 

 

 

「つまり、不埒な体勢だったことは認めると」

「い、いや。けどアルティナ、パートナーとしてはこれくら普通なんじゃないか?」

 

 

 と、リィンさんに言われ僅かに考える。

 パートナーなら……確かにパートナーでしたら手を取っての指導というのもありそうではあります。

 

 

「……確かにリィンさんになら不快感はないですが。まあいいです。つまりクレア少佐やユウナさんにしたら不埒ということに――――」

「しません」

 

 

 

 どうやら、これでリィンさんの不埒な行為を未然に防ぐことができたようです。わたしは満足して先程のリィンさんの腕を思い出しながらリィンさんの竿を思い切り振ります。

 

 

 

「―――――アタックします」

「い、いや、アタックって……(アタックは魚が餌に食いつくことなんだが)」

 

 

 

 ちゃぽん、と音を立てて狙い通りの地点に落水させることに成功する。

 

 

 

「よし、いいぞアルティナ。後は少しずつ動かして魚を誘い出すんだ」

「…………どうやるのでしょうか?」

 

 

 

 そう言われてもよく分からないので、振り返ってリィン教官に尋ねる。

 

 

「いや、こんな感じで」

 

 

 どうしてか竿の動きを架空の竿で表現してみせるリィン教官ですが、釣りの経験のないわたしには全く分かりません。

 

 

 

「では、こうでしょうか」

 

 

 竿をグイグイ引っ張ると、ジャボジャボと音を立てて仕掛けが水面を動き回り。

 

 

 

「―――や、やり過ぎだ。ああもう、ちょっと腕を貸してくれ」

「了解です」

 

 

 

 というわけで、再びリィン教官に後ろから腕を掴まれる。

 ………今度はあらかじめ分かっていたこともあって、特に驚きで胸が苦しくなったりもせず。なんだか思ったより快適なことに気づきます。

 

 

 

「いいか、こうやって……優しく繊細に、仕掛けが魚にとって美味しそうに見える動きがポイントなんだ」

「……なるほど、そういうことですか」

 

 

 

 そうこうしている間にリィン教官が離れ、特に当たりはこない。何やらユウナさんとクルトさんに釣り餌の説明をしているらしいリィン教官を横目で見ていると、不意に竿が強く引かれた。

 

 

 

「………ヒットしました」

 

 

 

 ぐいぐいと竿が引っ張られ、負けじとリールを巻いていく。

 そこまで大きな魚ではないのか、これくらいならなんとか――――。

 

 

 

 

「よし、良いぞアルティナそのまま――――危ない!」

 

 

 

 つるり、と足が滑る。

 竿の保持とリールに夢中で、閉じていた足にもっと力を入れようと広げたら僅かに凹んだ場所に置いてしまったらしい。かなり急な斜面になっていた川べりで足を滑らせれば、どうなるか考えるまでもない。

 

 

 

「――…っ」

 

 

 

 そのままガクン、川へと落ちかけたわたしの腹部のあたりが強い力で抱きとめられ。

 呆然としているうちに安全な場所まで引き戻される。

 

 

 

「――――怪我はないか、アルティナ」

 

 

 つい地面にへたり込んでしまった私を、心配そうな顔でリィン教官が覗き込む。

 ……心臓がうるさいくらいに早鐘を打っている以外は、特に問題はなさそうだった。

 

 

 

「少々驚きましたが、無事です。………その、ありがとうございます。リィン教官」

「いや、今回は俺ももっとちゃんと見ているべきだったしな……とはいえ、釣り自体は成功みたいだぞ」

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 言われ、よくよく見ればリールは十分に巻かれていたのか、大地を元気よく跳ねる魚の、カサギンの姿。わたしが釣り上げたのだ、と気づくのに僅かに遅れる。

 

 

 

「なかなか大きいじゃないか。おめでとう、アルティナ」

 

 

 

「………釣りも、悪くはないですね。一人では、少々不安ですが」

「ははは……その時は、また付き合わせてもらうよ」

 

 

 

 

 リィン教官がいてくれるなら、釣りも悪くないかもしれない。

 そんなことを思った。

 

 

 

 

 

 




アルティナ「………リィン教官の竿は私には大きすぎるようです」
ユウナ  「ちょっ、アルティナ!?」

リィン  「悪いな、今度アルティナの分も買ってみるか?」
クルト  「(……この二人、全く気づいていないのか……)」

クレア  「アルティナちゃん……リィンさんまで(頭を抱える)」



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