灰色騎士と黒兎   作:こげ茶

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微妙なとこなので本日2話目です。前話の続きものになりました。
リィン教官が水羊羹を購入することになる経緯というか導入?

あとこの小説のタグにR15がついているのはご存知でしょうか。
リィン教官は全く不埒ではありませんが念のため。夜中になんて書くから……。仕方ないので次回から軌道修正します。





小話2:灰色の騎士と水羊羹

「――――――はぁ」

 

 

 トールズ士官学院の、というより第Ⅱ分校の教官の夜は遅く、朝は早い。

 そもそも教官が少ないためにリィンも機甲兵調練と実技と歴史の三教科を受け持っているような状態であり。生徒が少なくともそれぞれの授業の準備を進める必要があるためだ。

 

 そして本校にいた時の癖というべきか、困っている人を放っておけないリィンは必然的に夜にそれらの作業を全て片付けることになっていた。

 

 

 

「新米だから、で全て片付けていいはずもないしな」

 

 

 

 新米だからできない、と諦めるのはリィンからすれば逆だ。新米だから足掻いて、試行錯誤して、それが上手く行かないのなら先人の知恵を借りるというくらいでちょうどいい。とはいえそれで先程もアルティナが溺れてしまったのだが。

 

 

 

(――――頑張っているから、なんて言って助けないのは間違いだった)

 

 

 

 一応、と言っていいのかアルティナはリィンに追いついた。

 手加減した状態だったにせよ、必死に食らいついたことで活路を開いたと言えるのだが。仲間ならそれでも良い。よくはないが、仕方がない。

 

 

 

(でも、俺はもう教師だ。本当に危険な状態になる前に止められなければいけなかった)

 

 

 

 またしても、サラ教官の凄さを感じる。

 あんな放任に見せかけたスパルタで、それでも生徒の安全を守っていた。

 

 

 

 アルティナは、それなりに学校に打ち解けている。

 第Ⅱ分校全体の雰囲気が賑やかなのもあるだろう。積極性は乏しいにせよ、受け答えはしっかりしているし、時折女子たちと何かの話題で盛り上がって(アルティナにしては)いるのも見かける。

 

 ここでアルティナが他の誰かに相談できれば、頼れれば。

 きっと何かが変わると思った。だから突き放して――――結果は、拗ねて近寄りがたくなってしまったのだが。

 

 なら少しだけ手を貸そう、甘やかさない程度に。

 などと考えてあの結果なのだからもう頭を抱えるしかない。

 

 

 

(気付いてない、わけでもないと思うんだが……)

 

 

 

 

 溺れて、心臓は動いていたものの呼吸が弱かったために心肺蘇生――――というか人工呼吸。誓って不埒な意図はなかったし、必死だったのだが。だから許してくれとも思わない。

 

 なんとなく、潔くユウナに張り飛ばされたクルトが脳裏に浮かんだ。

 クラウ=ソラスで殴られたら死ぬかもな、と考えたちょうどその時、図ったように部屋の前にアルティナの気配を感じた。

 

 

 

 

「……アルティナ? その、入っていいぞ」

「では、失礼します。――――少々質問があるのですが」

 

 

 

 そう言って現れたアルティナは、何故か室内なのにクラウ=ソラスに乗っていて。

 

 

 

「うっ。いや、遠慮は要らない。思い切り一発張り飛ばしてくれ――――」

「………? ……ああ。先程の人工呼吸についてでしょうか。確かに問題になるケースもあると聞いたことはありますが――――パートナーですし、別に構いません」

 

 

「え゛」

 

 

 さらりと、別に何事もなかったかのように言うアルティナに、むしろ今まで女性たちから「デリカシー皆無」「女心が分からない」「覗き魔」「不埒」などと散々に言われてきたリィンの方が困惑する。そんなリィンにアルティナは、やや小首を傾げて言った。

 

 

 

「………むしろ放置された方が困るのでは? クラウ=ソラスを呼べば溺れなかった話でもありますし」

「いや、そもそも俺が限界を見極められなかったせいで――――」

 

 

 

「その場合だと、わたしは届かなかったことになりますが」

 

 

 

 あの時、確かに届きましたよね――――そう目で訴えかけるアルティナに、リィンも不承不承頷く。どうやらそこを譲ってくれる気はないらしい。

 

 しかしそうすると、自分だけが気にしていたようでなんとも言えない気分になったリィンは、今度はアルティナの貞操観念が不安になってきた。日頃から「不埒ですね」を連呼しているのだから、かなり気にしているのだと思っていたのだが。

 

 

 

「いや、でもな。女の子として少しは気にした方がいいんじゃないかと思うんだが」

「………はぁ」

 

 

 

 ため息、というよりはよく分かっていなそうな返答。

 アルティナはわずかに視線を彷徨わせ、「良く分かりませんが」と前置きした上で、どこか不満げに言った。

 

 

 

「リィンさん(教官)なら問題はない、と感じるのですが。それで良いのでは?」

「…………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長い、間が空いた。

 返事がないのが不思議なのか、不審そうに眉を寄せるアルティナに、流石のリィンも頭を抱えたくなった。

 

 

 

 

(どういう、意味なんだろうか)

 

 

 

 こういうとんでもないド直球を放り込んでくるあたりミリアムと似てるな、と現実逃避気味に考える。愛の告白? いやいや、アルティナに限ってそれはない。

 

 なら不埒関係で………リィン教官なら問題ない? 何が? いや問題あるだろうと脳内で突っ込みを放ちつつ。

 

 

 

(落ち着け、明鏡止水――――我が太刀は静…!)

 

 

 

 いくつか正解を考えてみる。

 リィン教官なら問題ないというのはつまり――――。

 

 

 

『別にリィン教官を嫌悪しているわけではないので、人工呼吸程度でしたらいつでも』

 

 

 いや、普段「不埒」と連呼しているのにそれはおかしい。

 しかしそうすると好意を持たれているという意味で―――――。

 

 

 

『リィン教官になら構いませんが』

 

 

 

 いや構ってくれ。いっそクラウ=ソラスで殴り飛ばしてほしいと思うときが来るとは思ってもみなかった。なんなんだろう、ミリアムみたいに貞淑さを投げ捨てている? いや、アルティナはそのあたりは……。

 

 

 

 

「………リィン教官? リィンさん? ……大丈夫ですか?」

「――――あ、ああ。……いや、その。どういう意味なんだ。さっきのは」

 

 

 

 と、あまりに返事がないからかアルティナが心配そうにこちらを覗き込んでいた。

 もう聞くしか無いだろう、とデリカシーが無いと非難されるのも覚悟で問いかけるとアルティナはどこか呆れたような胡乱な目で言った。

 

 

 

「ですから、リィン教官なら問題はないと感じました――――それ以上の意味はありませんが」

「………例えば、相手がミリアムなら?」

 

 

 

 訊いてみると、アルティナは特に逡巡することなく言った。

 

 

「不服ですが、救命措置ならば仕方ないかと」

「そうだよな、不服でも問題はないよな」

 

 

 

 そう、ミリアムでも問題ない。だから俺でも問題ない。

 そう言うと、アルティナは「またリィンさんが不埒なことを」とでも言いたげな胡乱な目で言った。

 

 

 

「……なんだか通じていない気もしますが、まあいいです。それより本題に入ってもよろしいでしょうか」

「これが本題じゃなかったのか?」

 

 

「いえ、そうではなく。少々相談が」

 

 

 

 そう言ってアルティナは、不意に羽織っていたケープを脱ぐ。

 意味の分からないリィンの前で、そのままアルティナは上着も脱ぎはじめ。ちょうど今日ミュゼとあったことを思い出したリィンは慌てて顔を背けつつ言った。

 

 

 

 

「――――待て、待ってくれ。なんでいきなり脱ぎ始めるんだ!?」

「相談のためですが。実は全身に筋肉痛があり、医務室に行ったところ誰もいなかったので対処に困っていました。これでは明日の授業を受けることも困難かと」

 

 

 よいしょ、とワイシャツ姿で袖を捲くるアルティナに、リィンは安堵しつつも言った。

 

 

 

「なら脱ぐ前にそう言ってくれ……」

「なるほど。上着だけならば問題ないかと思いましたが。以後、気をつけます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず薬を塗ろう、ということになり。

 ちょうどリィンは筋肉痛用の軟膏を持っていたのでそれを渡そうとしたのだが―――。

 

 

 

「……腕が上がらないので、塗れそうにないのですが」

「誰か女子に……ユウナに頼んでくれ」

 

 

「ユウナさんは抱きついてくるので苦手です。それにこのタイプの軟膏は初めて見ますので……リィン教官にアフターケアとしてして頂くのが最善かと」

 

 

 

 何か責めるような目になったアルティナに、リィンは言った。

 

 

 

「いや、あのなアルティナ。俺は男で、君は女の子だ」

「はあ。リィンさんのご迷惑になるのでしたら諦めます。溺れて人工呼吸をしていただいたのですが目覚めたら全身に痛みが、とハーシェル教官に説明を――――」

 

 

「止めて下さい」

 

 

 

 

 

 

 大丈夫、エリゼもアルティナぐらいの歳ならこんなことも………あった、んじゃないかなぁとリィンは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ、ぁ、リィン……教官…」

「いや、ちょっと清涼感があるけどその分痛みは取れるからな」

 

 

 

「………背中も痛いのですが」

「いや、それは自分で――――」

 

 

「では分校長に――――」

「塗らせて下さい」

 

 

 

 

 

 小さく、細い。相応の筋肉しかない背中に軟膏を塗り込んでいく。

 ………必然的に、うつ伏せにベッドに横たわるアルティナは服を脱いでいるわけで。誰かに見られたら一発で退職することになりそうだった。

 

 

 

(ミリアムより年下……子どもが懐いてくるようなもの)

 

 

 

 エリゼと暮らしていた身として背中くらいでどうこう思うことはないものの、いつの間にここまで心を許されていたのだろうと考えるとどうしていいのやら分からなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 時折痛がったり擽ったがるアルティナの背中と四肢になんとか薬を塗り終え。ふと気づくとアルティナは静かに寝息を立てていた。

 

 

 

「………アルティナ?」

「………………すぅ」

 

 

 

 ふにゃり、といつもの冷静な顔が崩れて外見相応の笑顔でも浮かべているかのように見える。苦笑を浮かべたリィンは、そのまま部屋にでも運んでやろうと考え――――。

 

 

 

(………いや、どうしろと)

 

 

 

 脱いだストッキングに、身体の下に敷いているだけのワイシャツ。

 このまま運んだら一発でアウトで。かと言ってこのまま寝かせておいてもアルティナが失踪してしまったと騒ぎになるだろう。なら服を着せるのかと言われれば、無理だ。

 

 そして話の通じそうな女性―――――エマやサラ教官もいない。今ならシャロンさんに散々に弄られることも覚悟で頼めるくらいには困った。

 

 

 

 

「………んぅ」

 

 

 

 不意に、アルティナが寝返りを打った。

 リィンは素早く目をそらし、アルティナの上着を被せてそのまま部屋を出る。

 

 

 

 

 

「―――――仕方ない」

 

 

 

 

 

 リィンは覚悟を決め、ある人物の部屋を訪れた―――――。

 

 

 

 

 

 

「――――――全くもう! リィン君ったら! いくら頼まれたからってそんなことしちゃ駄目なんだからね! 逮捕されちゃうんだから!」

「面目次第もありません……」

 

 

 

 部屋の外で待機し、待つことしばし。トワ先輩にアルティナの服を着せてもらい、おまけにユウナに説明するのを助けてもらい。そして今、リィンはトワ先輩の部屋でお説教を受けていた。

 

 

 

「アルティナちゃんにも、ちゃんと駄目だってことを教えてあげること! というか最初から私を頼って下さい!」

「……はい」

 

 

「全くもう……どうしてリィン君っていつもこうなんだろう」

「うっ……自分でも気をつけてるつもりなんですが」

 

 

 

 思いもよらないアルティナの積極性、というか妙な押しの強さに負けたというか。

 

 

 

「………全然分かって無さそうだなぁ。リィン君だもんね…。」

「え、えっと? トワ先輩?」

 

 

「――――とにかく、次からは気をつけること!」

 

 

 

 

 そうして無罪放免されたリィンは翌日、これ以上何か起こる前にアルティナにお詫びの品でも送ることにし(偶然見かけたものを買っただけとも言う)。

 

 水羊羹を買うのだが――――それがまた、ちょっとした騒ぎになるのだった。

 

 

 

 

 




 

アルティナ「不快ではなかったので別に構いませんが。パートナーですし」
リィン  「誰か情操教育を………俺がやるのか?」




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