灰色騎士と黒兎 作:こげ茶
「―――――……リィンさん、この行為に何か不埒な意図は?」
「ありません」
夕日に染まった巨大高層ビル、オルキスタワーに見下される――――クロスベル市内のおよそどこにいても同じではあるが――――歓楽街。
帝国軍のクロスベル無血占領からおよそ2ヶ月。ルーファス総督の手腕もあって人通りもそれなりにあり、屋台などもおそらく通常通りなのだろう営業をしている。
そんな中に私服を着たリィンと、連れられて歩くアルティナの姿があった。
水着のような、口には出さないがその格好こそ不埒なのではと言いたくなるアルティナを連れ出すのは、リィンとしてはこれまであまり気が進まないものだった。命じられてとはいえ、妹と皇女殿下を攫った――――彼女たちが無事に戻ったことで、それを責めたことに負い目を感じていたからである。
それでもこうして行動に移した理由を一言で言えば、まぁ感傷なのだろう。壁に立ち向かう“彼ら”を見て、Ⅶ組の仲間を思い出した。アルティナと戦術リンクを繋いだことも関係が無いとは言えない。
戦術リンクは、“戦術”と言いつつも“心”の繋がりなのだろう。
色々なことで拗れて途切れ、また日々の積み重ねで強くなる。リンク中は相手のしようとすることが自らのことのように分かるのだから、相手に心の内を全く悟らせないことは不可能だろう。だからこそ、それにもどかしさや苛立ちを感じ――――争ったり、認め合ったりして今のⅦ組になった。
そうしてしばらく仲間たちと心を結んでいたリィンからすると、任務だからと平然としているようなアルティナは完璧にサポートしているようでいて、どこか所在なさげというか、一步引いて遠慮しているような感覚があったのだ。
それがなければ、“彼ら”との戦いも――――まぁ、あの状態で決着は付かなかったとは思うけれども多少違ったものだったかもしれない。いずれにせよこの、どこか希薄で儚げな女の子を放っておけるほどにリィンは達観していないし、天性のお人好しでもある。そして任務を終えてトリスタに帰るという事情もあった。しばらくアルティナと会うことはないはずである。
「ともかくお疲れ様。どれでも好きなものを奢るよ」
「……はあ。食事は規定のものを摂取していますので間食は不要なのですが」
というわけで、屋台である。
地元の人間からするとお決まりのメニューがある程度あるのかもしれないが、とりあえず適当に頼んでみるのもいいだろう。
興味なさげに、とはいえ迷惑そうにするでもなくただ無感情に佇むアルティナに思わず引き攣った笑みを浮かべるリィンだが、どうやら選ぶ気がないどころか“選ぶ基準”すら分かってないのではと思い至り、とりあえず女の子が好きなのではと思ったベリーと生クリームのクレープを注文し。ついでに自分の分として安価なチョコと生クリームのものを注文して待つことしばし。
「まぁ、運動したらその分腹も減るだろ? 疲れたら糖分摂取も脳に良いって聞くし。俺からのサポートへの感謝の気持ち……報酬とでも思ってくれ」
「………わたしは別に。結局のところ“片付けた”のはリィンさんですし」
差し出されるクレープを、なんだかよく分からない物体のように茫洋と眺めるアルティナに、リィンはため息一つ。
「分かった。もう買ってしまったわけだし、一人じゃ食べきれないからサポートしてくれ」
「………明らかに任務外な気もしますが」
とはいえサポートという漠然とした指令を受けていたアルティナからすれば、帰還するまではリィンが上司のような扱いである。例え「クレープを食べてくれ」という謎すぎる指令でも要請は要請。幼気な少女にパワハラ?を働くリィンに、なんとなく「これもある意味不埒なのでは?」などと考えつつもアルティナはクレープを一口。
「…………」
「………アルティナ?」
そのまま二口。三口。徐々に呑み込む速度を口に入れる速度が上回っていくために、最終的に口いっぱいにクレープを頬張ったアルティナは名残惜しげにクレープの包み紙を見つめ―――――リィンに微笑ましげな顔で見られていることに気づいた。
「頬にクリームついてるぞ」
「……不埒ですね」
「断定!?」
「………まぁ、糖分摂取が脳に良いという話には納得しました。とはいえ自分は食べもせずにわたしを眺めているのは不埒だと感じました」
「そ、そうか……すまない」
確かにエリゼにやっても怒られそうだな、と謎の納得をしたリィンは、なんでこの子は「不埒」にだけ妙に敏感なのだろうかと思いつつも(自分もたいがい基準がエリゼなのだが)、アルティナの視線が完全に自分の持っているクレープに固定されていることに気づいた。
クレープを右に動かす。アルティナの目線がそれを追う。
クレープを左に動かす。アルティナの目線がそれを追う。
「………その行為にどんな意図が?」
「いや、その、食べたいのかなと」
「よく分かりませんが、必要か不要かで言えば不要です」
なるほどつまりお腹いっぱいなのか、と思いつつ戦闘中の癖で流し込むように食べるリィン。しかし食べ終えると包み紙を心なしか寂しそうに見つめるアルティナが。
「あー、もう晩御飯の時間だけど。アルティナはそのあたりの制限とかあるのか?」
「…時間ですか? それに関して特に制限はありませんが、食事は軍のレーションなどで規定の栄養は摂取するように―――――」
「レストランに行く。一緒に来てくれ」
「……了解です」
いつぞやのガレリア要塞で味わった軍用食を思い出したリィンは即座に言い。その心なしか強い語調にアルティナも素直に頷いた。
そんなわけで中央広場辺りにあるレストランにやってきたリィンは、珍妙なアルティナの格好を雰囲気で押し切り――――などということができるはずもなく、直前にデパートに行っていた。
「―――――……服、ですか?」
「その格好だと目立ちすぎるだろ? ミリアムだって普通の服を着てるし、レクター大尉……はどうかと思うけど、あれだって悪目立ちはしない」
その二人より問題がある、と言われたアルティナは流石に嫌だったのか微妙にジト目度を上げつつ、心なしか冷たい声で言った。
「………ステルスモードを使えば不要ですが」
「それだとサポートが限定されるだろ? レストランとか入りづらいし」
「………なるほど。リィンさんのサポートのためには服が必要だと」
「ああ、もうそれでいい」
そんなわけでいくつか店頭に置いてあるマネキンを見て、クラウ=ソラスに座ることも考えてショートパンツになっている、どこか兎っぽい印象の服をアルティナに見せたリィンはその反応が概ね良いことを確認し、経費で買おうとするアルティナが後で困るのではと、慌てて自分でお金を出し―――――。
「………パンケーキ?」
レストランで注文を訊ねた店員に対して「リィンさんのサポートをするのでわたしは不要です」などと爆弾をぶち撒けたアルティナに頭を抱えたリィンだったが、たまたま「リィンさん」が「兄さん」に聞こえたのか「可愛らしい妹さんですね」などと微笑まれて服を買って良かったと切実に思い―――――。
規定された食事の摂取と甘いクレープに拘るアルティナに対して、折衷案としてリィンが提案したのがパンケーキだった。
「………パンでしたら帰還すれば軍用のものが用意されていますが、わざわざ購入する必要が?」
「いや、パンじゃなくてパンケーキだから。どっちにしても軍用のパンと市販のパンは違うんだが………パンケーキは主食になることもあるしクレープと同じでデザートに分類されることもある」
「………まぁ、リィンさんが食べろと言うのでしたら」
「食べろ、じゃなくて食べてみてくれ」
「……その二つに何か違いが?」
「命令じゃなくて、お願いだ」
「……………どちらでも変わらないとは思いますが、了解です。パンケーキを食べます」
なんとなくハンバーグを頼んだリィンと違い、デザートであるパンケーキはすぐに運ばれてくる。食べたことがないとは思えないほど丁寧にナイフとフォークを扱うアルティナは黙々と、しかし一心不乱にパンケーキを口に運んでいき――――。
「…………パンケーキ、完食しました」
わざわざ報告してくるアルティナにリィンは思わず微笑みそうになるのを堪え――――たぶん「不埒」扱いされそうである――――言った。
「そうだな、感想は?」
「クレープよりも食べやすいですね。あちらは不埒な人が湧きますし」
「いや、人を害虫みたいに言わないでほしいんだが……味は?」
「果物の甘みと酸味が生地を引き立てていて美味かと」
「それは良かった」
「はい」
「…………」
「…………」
沈黙が続くが、リィンの頼んだ料理は来ていないので必然的に待つことになる。
ミリアムならもっともっととせがんできそうなんだけどな、とリィンが対応を悩んでいると、不意にアルティナが口を開いた。
「―――――……このまま待機でしょうか」
「……そうだな。何か気になるものがあれば頼んでいいぞ。ただ待機っていうのも退屈だろうし」
「では、このパンケーキをもうひとつ」
「別に他のでも――――いや、分かった」
同じものを食べたい、というのもある意味では“選択”かもしれない。
いつかこの子が、好きなものを「好きだから食べたい」と言えるようになってくれたなら―――――そんなことを考えながら、パンケーキを注文した。
北方戦役書きたかったけど無理な気がしてきた…。
OPのヴァリマール(の肩)に乗ってるアルティナ可愛い。