翌日の夕暮れ。
学校から直行したという制服姿のマヤが私の事務所にいた。
「ちょっと後ろ向いててね。報酬の準備するから」
「あ、あぁ……」
別にいいというのに、用意してきたからの一点張り。
何を用意してきたのか知らないが、しょうがないので付き合うことにする。
なにやらガサゴソという音を聞きながら後ろを向いて待つこと、5分ほど。
「こっち向いていいよっ!」
そんな声を聴いて振り返り、私は絶句した。
し、白レオタード、だと?
そう。
私の目前に、ぴたっとした白いレオタードを身にまとったマヤがいた。
小柄な体を包み込むレオタードは、妙に艶かしい。
というか、少しサイズが小さいのか、股間の食い込みがきわどく、いやらしささえ感じさせる。
子供がこんな姿するなんて。
犯罪だ。
「ちょ、ちょっと。それはいったいなんなんだ?」
「バレェ用のレオタードだよ」
私が訊きたいのはそういうことじゃない。
「小学生のとき、友達とバレェ習ってててさぁ。その時のヤツなんだ。ちょっと小さいけど」
「いや、そういうことじゃなくて。どうして私の部屋でそんな服装に着替えたんだ?」
「え? 探偵さんを喜ばせようと思って。これが報酬だよ」
「はぁ?」
唖然とする私に、マヤが言い放つ。
「私、知ってるよ。男の人ってぇ、こういう服をエロいと思うんでしょ? ほらほらぁ、もっと近くで見てもいいよ?」
うろたえる私の様子が楽しくて仕方がないといった様子で、マヤがいたずらっぽく笑う。
「ホントはね。パンツ見せてあげーようかなとか思ったんだけどさー。それはさすがに恥ずかしいから、次にしようかなって」
「つ、次?」
「うん。私のこと、助手にしてよ。そしたら、探偵さんがなんか事件解決するごとにちょっとエッチなご褒美してあげる!」
私はため息をついた。
「どうしてそうなる」
「だってさぁ! 楽しいんだもん、探偵さんと一緒にいると。それにこの部屋も好きだし。大人の雰囲気がする!」
「やれやれ」
思わず口に出して≪やれやれ≫と言ってしまった。
これで私もハードボイルドの仲間入りだ。
「ここは子供の遊び場じゃない。私はこれまで一人で仕事をしてきたし、これからも助手など必要ない」
「そんなこと言って、全然部屋の片付けとかできてないじゃん」
「うぐっ」
「お酒の瓶出しっぱなしだし、シーツも洗ってないし、レコードとか散らばってるし。ベッドの脇にエッチな雑誌も置いたままだし」
「あ、あぁぁぁ」
私は急いでベッド脇のグラビア雑誌を本棚に戻した。
「あはは。おもしれー! ね? そういう片付けとかお掃除とかしてあげる」
「それは助手とは言わん」
「じゃ、なに?」
「家政婦?」
「えー? なんかおばちゃんくせー。そこはお嫁さんだろー?」
「馬鹿いうな!」
私はマヤのおでこにチョップした。
「いたっ。ひでーなー!」
「いいから。さっさと着替えろ。レオタードはもういい」
「ちぇー」
私が後ろを向くと、マヤが着替えはじめる。
が、途中で衣擦れの音が止み、耳元でささやかれた。
「ね、いま私、裸だよ?」
「や、やめろ!」
声が上ずってしまった。
「きゃはははは! あー、おもしれー!」
耳元の吐息がすっと離れる。
「嘘だよ。ちゃんともう服着たよ。こっち向いていいよ」
「ほ、本当か?」
「うん。着替えるのは早いんだ」
「本当だな?」
「本当だってば」
恐る恐る振り向くと、確かにマヤは制服に着替えていた。
「ほっとした顔してる」
「当たり前だ。このいたずら小僧め」
「小僧じゃないもん」
「それじゃなんと呼べばいい」
「ん〜、素敵なレディとか?」
「ふざけるな」
「ねぇねぇ、探偵さん。もう帰るから。ちょっとだけこっちに来て、かがんで?」
「ん? なんだ?」
ちゅっ。
不用意にかがんだ瞬間、私の頬に小さな温かいものが触れた。
マヤの唇だった。
「へへへ。これがほんとのお礼!」
それじゃね! と言ってマヤが駆けていく。
まるで台風一過だ。
扉から半身を外に出しながら、彼女が言った。
「また遊びに来るから! 助手の件、考えておいてね」
手を振って、扉を閉じる。
私は舌を出した。
――マセガキめ
だが、なぜか口元から笑いが消えなかった。
私は、壁際の冷蔵庫に目をやった。
これからは、ぶどうジュースを定期的に買い足すことになりそうだ。
(完)
最終話までお読みいただき、本当にありがとうございます。
お疲れ様でした。
今回は、『ごちうさの世界を一歩離れた場所から見てみる』作業を、探偵さんにさせてみることがテーマの一つでした。
あの仲の良いコミュニティを、知らない人が外から眺めるとどう見えるのか。
また、昔から作者が好きな所謂ハードボイルドへのオマージュでもあります。
ハードボイルドの探偵は、推理モノの凄腕探偵ではない。
ハードボイルドの探偵は、街を歩き回り、時には殴られ、時には勘違いし、時には事件を外から眺めるだけ。
ハードボイルドとは、街を散歩する都市生活小説だ。
そんな想いも込めてみました。
本作が、少しでも、読者様の『楽しい』になったなら幸いです。